時は2008年。 この世界には自動車が走り、人は携帯電話を持ち、兵は銃器を使う。 人類は同じ様に繁栄し、同じ様に争い、同じ様に生きていた。 唯一つの違い……それは。 魔法少女 夏見 凍える様な大雪の中、今日も路上には元気な声が聞こえる。 雪の中無謀にも自転車で通う者、魔法を用いて飛翔する者、中にはスノーボードで通学する者もいる。 そんな中、彼と少女の姿があった。 「京谷、おはよー!」 「夏見か、おはようさん」 めんどくさそうに返事をする。 彼にとって朝ほど厳しい相手はいない。 「もう、朝くらいシャンとしなさいよ!」 「無茶を言うな、朝だからこそ眠いんだよ」 昨日と変わらない会話。 ほぼ毎日のように続くと思われたこの会話も、一回の銃声が終わりを告げた。 突如鳴り響いた雷鳴の様な銃声は、喧騒とした通学路を一瞬で静寂へと導き、少女を雪の中へと沈める。 「夏見?」 何が起こったのかわからない、彼はただ雪に埋もれる夏見を見つめている。 雪は……彼の見た事がないほど美しく、恐ろしい真紅だった。 「なつ…」 「馬鹿ッ!さっさと伏せろ!!」 刹那、彼はウサギっぽい何かに押し倒され、雪へと沈んだ。 と同時に銃声が断続的に鳴り響く。 目の前には銃を持った、大きな人間……いや、表現しがたい死霊の様なバケモノがいた。 「な、何だ!?」 「うるさいわ!死にたくなかったらこのまま雪に埋まってろ!……千年の融ける事ない氷よ、永遠なる氷結の檻となれ!アイスエイジ」 ウサギが詠唱を終える事すら気づく間もなく、彼は氷の中へと閉じ込められる。 「待てよ、夏見が血だらけで、夏見がッ!!」 「るっさい言ってるやろ、夏見ならあの程度で死なへんわ!」 そんな馬鹿な。彼はそう思い、夏見を見つめる……そこにはいつもの夏見はなく、金色に光る髪をなびかせた、不思議な少女がいた。 少女は、杖とも鈍器とも取れる、重厚な何かを片手で振り上げ構えを取る。 「ちょぉおおおおっぴり痛かったわよ、このバケモノ!」 「何を言うか、9mm貫通弾を受けて、仁王立ちする女の方がよっぽどバケモノじゃ」 言い終わる前に死霊は銃器を構え、掃射を行う。 まるでアメリカ映画のような光景だが、彼女は何事もないようにたたずんでいる。 すると銃弾は、彼女を避けるように周囲へと湾曲して行き、彼らの氷の壁にヒビを入れる。 「んがっ、おいサマー!お前、ちゃんと防がないかッ! こっちが死ぬだろうが!」 「しょうがないでしょ、防ぐより流す方が楽なんだから!」 「夏見、前!」 彼が叫ぶと同時に、死霊の銃身が夏見へ振り落とされる。 普通ならば圧殺されているほどの威力だが、夏見はそれを片手で平然と受け止める。 さも倒れてくるホウキを拾うように。 「ったく〜 セネガルも神石のためとは言え、なりふり構わなくなってきたわね」 「大丈夫か、サマー!」 心配そうなウサギを後目に、パチッとウィンクをする。 すると夏見は、全力であろう死霊の銃身を押し戻し始めた。 「この……程度の……死霊ごときで……うんしょ、この……マジカルサマーが止められると……思って?」 「ぐッ、本当に貴様はバケモノかッ!」 夏見はニヤリと笑みを浮かべると、目を閉じ、何かを呟き始めた。 「魔道第六法則に従い、我、中時の詠唱を略す。 右手に掴むは輝く栄光、左手に掴むは我身の自由、目前の勝利を我に!掌握の閃光ッ!!」 「詠唱……でもあんな詠唱、聞いた事がないッ!」 彼の目の前を、眩い光が走った。 目を見開いた先には、今までの争いが嘘のような静寂だけが残った。 「……な、夏見?」 周囲を見渡すも、夏見や死霊はおろか、ウサギが作り出した氷の壁すら消えている。 辛うじて残ったのは、彼の脳裏に焼きついたあの戦いと、夏見が欠席となった授業だけだった。 その日の夜、彼は眠れなかった。 そしてその日を境に、彼女の姿を見る事はなかった。 それから4年…… 「おい京谷、大分爆炎魔法も板についてきたな」 「当然ですよ、ほら俺って天才ですから」 呆れ顔の教師を横目に、半径5mもの爆炎による結界を作る。 「しかしまた結界魔法か、お前はもっと攻撃的な性格だと思うんだがなぁ」 それもそのはず、彼がこの4年間で習得した魔法の大半は属性魔法を利用した結界術がほとんどである。 性格を抜きにしても高校2年の男子と言えば、攻撃的な魔法が多い中、彼だけは結界術に固執していた。 「火力はアイツの仕事だからな……」 「よし、結界を120秒維持できたら今日は上がりだ、カウントを始…」 次の瞬間、教師の上半身は消えていた。 その奥に立っていたのは、よくわからない人の形をしたもの。 「……進歩がないな、4年前と同じ形じゃないか」 平静を装うものの、完全に声は裏返っていた。 彼にとって恐怖を植えつけた存在であり、少女に会うための唯一の存在。 喜びと同時に襲い掛かる畏怖。 「昔の俺とはッ!」 詠唱を始める前に、薙ぎ払われる死霊の腕。 数メートルを吹き飛ばされ、彼の右腕は容易ではない方向へと変形していた。 「クソッ、右腕が……これじゃ詠唱しても魔法を放て……何ッ!?」 数メートル吹き飛ばされた、つまり死霊は数メートル向こうにいるはず。 にも関わらず死霊は彼のすぐ目の前に存在した。 それも腕を振り落とす瞬間だ。 「早過ぎるッ!」 彼が驚嘆で身動きできない中、目の前が眩く光り輝いた。 その光が死霊を溶かし、同時に彼の腕を癒していく。 一瞬にして殺されるかと思った死霊は、一瞬にして消えてなくなっていた。 そして目前の光に包まれている小動物。 「な、なんだこの……ウサギぃ!?」 「失礼な、私はウサギではない。あのような下品で下劣で低俗で人間と同じ汚い欲望しか持たない使い魔と同じ扱いは不愉快だよ」 そう言い放った光の正体は、明らかにウサギだった。 「いやいや、どう見てもウサギだろ、耳のふさふさホーランドロップだろ」 「黙れ、下等生物。もう一度腕をへし折るよ」 ウサギが前足をかざすと、彼の腕はまたあらぬ方向へ曲がっていった。 「いたたたたたた、す、すまん、謝る!ウサギじゃない!いたいいたい!」 「ふん。 だ、だけど耳を褒めたから許してあげる」 するとウサギは恥ずかしそうに耳を押さえながら帽子を拾う。 軽く肩を落とし、身なりを整えるとウサギは改めて語りだした。 「さて、君が京谷だね、下品で下劣で低俗で人間と同じ汚い欲望しか持たないモグノグから聞いているよ」 (えらい言われようだな)「モグノグって誰だ?」 はふぅ、とため息をつきながら両前足を上にあげてヤレヤレのポーズを取るウサギ。 その瞳はまさに失意と軽蔑の眼差しだ。 「何も覚えていないのか、君は人間のモデルケースのような低脳ぶりだね」 (いちいちうるせぇな…) 「4年前、バルクゴーストに襲われておたおたと逃げ回っている時に、おかしな関西弁を喋る下品で下劣で低俗で…」 「いや、そこはもういい」 チッと舌打ちをするウサギ。 言い足りないのかトントンと前足を叩きながら続きを喋りだした。 「まぁ、なんだ、その時にいたウサギの事だよ」 あれから4年。 幾度となく諦めかけた彼女の手がかりがついにやってきた。 それも突然に、当時と同じような状況で、まるで作られた演劇のように。 演出は良く出来ているが、シナリオは陳腐な喜劇。 唐突な劇の開幕。 彼はまだ、この状況を自分が踊らされるための舞台だと気づく事はできなかった。 |
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