「セレナ、ご飯よ〜起きなさい!」 凄く眠い、俺は基本的に朝が弱い。 だが朝は容赦なく定時にやってくる。 「……おはよう、姉さん」 「はのかちゃん、迎えに来てるわよ」 俺は適当に朝食を終え、玄関へ走り出す。 「おはよ、セレナ」 するといつも通り迎えがいる。 「おはよう、はのか」 「今日は転校生が来る日だよ。 セレナもしっかりしないと」 転校生が来るとしっかりしないといけない理由がわからない。 そう思いながら、今日も時間ギリギリの登校を満喫する。 響く蝉の声。 降り注ぐ太陽の日差し。 真夏の太陽の下で、新しい転校生は俺達にどんな変化を与えてくれるのだろう。 【隣はグラディエーター 〜僕の剣闘士〜】 「おっしゃー 昨日の約束通り、てめぇらに飛切り美人の転校生を紹介するぞ!」 ……朝からテンションの高い教師だ。 教室内の男子生徒がおおっーっと歓喜の声を上げる。 昨日のHRでの説明で先生は「俺の主観だが、ありえないほどに美人だ」と断言していた。 「座席は昨日の指定通り、学級委員長の瀬戸瀬の隣だ!」 「Boo!Boo!」 「痛ッ!モノを投げるな!」 この馬鹿教師。 勝手に座席まで確定させやがって、おかげで昨日から非難の的じゃないか。 「では我らがお姫様の入場だぁ!」 ガラッと扉の開く音が響き、 一気に教室が静まりかえった。 同時にテンションの低かった女子も固唾を飲んで見守る。 「「「おおっ」」」 男子の興奮は絶頂だ。 「「「おおっ?」」」 あれ? 「「「…おお……ぉぉ……」」」 俺の席からでは良く見えないが、どうも男子女子関わらず感嘆の吐息が漏れる。 いや、驚きと言うべきか。 「藤嶋、ちょっと頭下げろ!」 俺はつい気になって指示を出す。 藤嶋が頭を下げると、 そこには絶世の美女が立っていた。 ただその娘は背中に大きな板を背負い、 袖は銀色に光り輝いていた。 「なんだありゃ、手甲か?」 誰かがそう言って、俺もハッと気がつく。 そうだ、アレはガントレットだ! 肩には大掛かりなショルダーアーマーが儲けられており、スカートも鉄製だ。 「初めまして皆様。 霧生響ベルナルド(きりゅうひびきべるなるど)と申します」 周囲の人間は二種類。 驚きのあまり硬直している者と、 笑いを堪えている者。 中には意図的に視線を外している者もいる。 三種類だな。 「あー そのー 先生データベースでは……と言うか昨日会った時と服装が違う気が……」 ハイテンションで有名な先生もさすがに戸惑っている。 あの様子だと、 職員室で見た時は普通だったんだろうな。 自己紹介以降、沈黙していた彼女が口を開いた。 「みなさま、驚きかとは思いますが、私にはこれが剣闘士としての正装ですので、どうか認めて頂きたいのですが……」 剣闘士。 クラス中の開いた口が塞がらない。 そして昼休み 「孤立しているな」 「しているね」 本来、転校生は休み時間の度にインタビュータイムになるものだが、彼女の周りには一向に人が集まらない。 俺も隣だが、中々声をかける事ができない。 できるはずがない。 しかし、学級委員長としてこのまま放置するわけにはいけない! 「や、やぁ?一緒にお昼でもどうだい?」 我ながら絶妙な声の裏変わりようだ。 周囲から小声で“勇者現る”やら“決闘か!?”等の突っ込みが入る。 残念ながら俺は非暴力・非服従がモットー。 「えっ!?よろしいのですか?」 意外にも彼女は目を輝かせている。 昼に誘ってもらえたのがよほど嬉しいのか。 そうして俺達は、机をつけて弁当を広げる事にした。 「へぇー霧生さんのお父様が、その……剣闘士ねぇ」 霧生と話をしていると、色々な事がわかってきた。 彼女の父はヨーロッパの貴族で、現在も剣闘士として名声を得ている事。 そもそもヨーロッパにはまだ剣闘士による、コロシアムでの決闘と称した舞台がある事。 母は剣闘士として立派に散っていった事。 そして……本人は日本が好きじゃない事。 「私だってできるなら普通の女子高生でいたいです。 でも亡くなったお母さんの意思を継いで……」 母の話をすると途端に涙目になる。 彼女にとって母は最も大切な人だったのだろう。 「それに欧州に行けば、剣闘士として周囲の人も認めてくれます。 でも日本でこんな格好をしている人なんていませんから」 「欧州ねぇ」 未知の地域、欧州。 日本でも剣道や柔道がスポーツとして存在するが、殺し合いはさすがにない。 真剣を使い、その体一つで生き抜いてきた彼女は、よくみると体中が傷だらけだ。 「どうして日本に? お父さんも剣闘士なんでしょ?」 「父はもう剣闘士としてやっていく事は無理です。 最初は死ぬならば剣で死にたいと言っていましたが……」 そう言うと彼女はうつむき、さらに涙を浮かべる。 「わ、私が一人になってしまうって……京子が、 京子がいなくなって、俺までいなくなったら、 響が可哀相だって」 「なるほど、 お母さんの意思と、お父さんのために剣闘士になったと」 響は涙を拭いて再度語り出した。 父の気持ちを考えると複雑なのだろう。 はのかもつられて泣きだしている。 正直、響の人生は驚かされたが、お前の方が凄いだろ。 と心の中でつぶやいた。 「はい。 最終的には私も剣闘士として将来を見据えていたのですが」 普通にはない発想だな。 「父が倒れてからは収入もなくなり、母方の親族の家に居候しているのですが、剣闘士の仕事に反対されていて……」 「可哀相な話に聞こえるが、日本では至極当然だな」 「私一人の稼ぎでは食べていけないし、この格好も周りの人は受け入れてくれないし……もう欧州に帰りたいよぅ」 完全に泣き出してしまった。 今まで色々と辛い事もあったんだろうな……そしてクラス中の視線を感じる。 周囲から“勇者勝利”やら“イジメダメ絶対!こうきょうこうこくきこう”やら“今日は持ち帰りか?”何て発言が。 やべぇ、俺いじめっ子? 「このまま金がないと言って日本にいたら、絶対剣闘士としてはやっていけないだろうな」 「はい、日に日に親族の反対も大きくなるし、お金もないし……何より私がもう折れてしまいそうです」 かなり絶望的だ。 剣闘士なんて、日本にいれば異常な人。 金を稼ぐ手段にもならないから親族からは離れられず、 もれなく一般人の仲間入りだな。 「とにかく、親戚に口出しされないように自立しないといけないな。 まずは金を稼がないと」 「……でも私、これまで剣闘士としてしか生きてきた事ないし、特技も何もないし」 剣に特化した少女。 「はのか、何か働き口はないかぁ?」 はのかはうーんとうなって何かを考えている。 「力にはなってあげたいけど……響ちゃんは何ができるの?」 もう響ちゃんか。 人と親しくなるのが早いな。 「えっと、対人戦闘では正直、右に出る者はいません!」 いやいや、ここは平和な日本ですから。 「そ、それは凄いわね……他には? 接客とか、人付き合いとか、作法とか?」 「一応、お恥ずかしい話ですが、父方が元貴族ですので……作法などに自信はありますが」 「ふーん、貴族かぁ〜じゃあ技術的には何とかなるけど、後はプライドね」 俺のデータベースの中を検索しているが、ここまでに出てきた単語をフル活用する仕事が思いつかない……戦闘、接客、作法。 「格闘家か!?」 「んなわけないでしょ!」 空を切り裂く刃の音。 はのかの手刀が俺の首へ多大な一撃を与える。 お前が格闘家かよ! 「でも他にないじゃないかよぅ」 「話をしている限り、響ちゃんって貴族特有の嫌な感じもないし、もしかして人に仕える仕事とかできる?」 「べ、別にそんなに凄い家名の貴族ってわけでもないし、毎日剣闘士仲間と接してましたから、できると思いますけど……」 なら大丈夫ね。 そう言ってはのかは、携帯で何やらメールを送り出した。 「何かあてがあるのでしょうか?私でできる事ならどんな事でもします!」 「きっと大丈夫よ、人が足りないってぼやいていたからね〜 おっ、さすが姉さん、返事が早い」 姉? 確かはのかは二年に姉がいるって 「おっ、オッケー出ましたよ。ってかこの早さは絶対に上の許可を得ていないね、相変わらず無茶苦茶なんだから」 「えっ、じゃあ?」 「うん、就職先が見つかったよ、良かったね♪ 住所に向かってもらえれば大丈夫。 じゃあさっそく今日から出社ね」 テンポが早すぎる。 一回の文章に、就業先・住所・出社日が含まれてるし、そもそも何の仕事かも決まっていない。 「何の仕事なんだ?」 「それはないしょ〜♪」 内緒じゃないと思うが、それでも響は嬉しくて泣きっぱなしだ。 時給がいくらで、職務の内容もわからないような仕事、俺なら恐怖で泣くね。 「明日は私も付いて行ってあげるから、安心して」 「うん、何か何までありがとう!」 俺の不安を他所に、彼女達の友情は深まっていった。 隣はグラディエイター 第一話 剣闘士の再就職 |
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