桜は散り、空を翔る鯉も身を潜め、紫陽花が咲き始める梅雨時の季節。
ついに俺は新たな生活を手に入れた、誰にも強制されない、俺だけの生活!
俺の足取りは軽い。
新居は学校から徒歩30分の丘にある一軒家。

俺はハァハァと息を切らせながら、門の前に立った。
思っていたより少し大きめの家、一般なら5〜6人家族用と思えるサイズだ。
早速、親から渡されたマスターキーを使い鍵を開ける…

「ん?」

そこで俺は初めて気が付いた。その鍵には「2」と記載されていた。

「2?2番目の鍵なのか?」

変な違和感を覚えつつ、俺は鍵穴に鍵を差し込む前にノブをひねってみた。

ガチャッ…

「ッ!!」

開いている、鍵がかかっていない。
これは困った。いきなり空き巣か?荷物等は納入済みだ、俺はコレクションを心配して、急いでドアを開けた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

…とりあえず、俺の期待は良い意味でも悪い意味でも裏切られたようだ。





僕とメイド 〜解雇通告〜





居間

「で、君は母親の指示でここに派遣されたと」

「はい、ご主人様の身の回りのお世話をさせていただきます。獅子神 志乃美と申します」

長い黒髪に、大きな目と…胸。
そのスタイルは俺が以前、友人と寄ってみたメイドカフェの店員とに近い雰囲気がある。
いや、正確にはこちらの方が細部にこだわっているか?

「そうか、色々と聞くべき事もあるし、言いたい事もあるけれども。まずは主人として最初の指示を出す」

「はい!」

目をキラキラと輝かしている…期待に満ち溢れたこの子にこんな事を言うのは心苦しいが、しょうがない。

「すぐに荷物をまとめて帰りなさい」



「…えっ?」



予想通り、石の様に固まってしまった…
給仕に来て初めての顔合わせで、いきなりの解雇通知。内定もらって出社初日でリストラされるのと同じだ。

「す、すみません!」

そう、怒って当然だ…ってあれ?

「私に何か、いたらないところがありましたか!?」

「い、いや。いたらないと言うか何と言いますか」

ありえない。
こんな理不尽な解雇通告をされれば、普通は怒りだすか、
雇い主である母親に連絡を取るものだが…

「そうじゃなくてね、俺にはその…メイドって言うのかな?そう言ったのは必要ないのでございますよ」

何故か俺も敬語になる。

「し、しかし奥様からはご主人様の身の回りのお世話をするようにと、おおせつかっておりますので」

かなり動揺している、よもや必死なのだろう。
そりゃそうだ、突然無職になるか、メイドとして職を得るかの瀬戸際だ。

「わかった、俺が母に連絡を取るからちょっと待っててくれ」

「…ご主人様、私はそんなにお役に立てないでしょうか…?」

はぁ?

「私、まだ一人前とは言えないかもしれませんが、ご主人様のために骨肉粉砕の覚悟でご奉仕するつもりです!」

うんうん、初見でまだわからないところも多いが、とりあえず骨肉粉砕ではなく粉骨砕身だ。
そして一人前じゃないのか。そもそも役に立てるか、初めて会ったのにどうかわかるわけがない。

「君のスキルがどうのこうのじゃなくて、俺自身が1人優雅に暮らしたくてね。決して君に非があるわけでは…」

「でしたら!なおさらです!私がご主人様のお世話を致しますので、ご主人様は優雅にお過ごし下さい!!」

ぐッ、反論できない…優雅に暮らすなら彼女の言うとおり、雑務を任せてだらーと暮らすべきだ。しかし。

「それでは1人暮らしの意味がないし、ほら、色々とあるだろ?」

「なにがでしょうか?」

じゅ、純粋だ…この状況で色々って言ったら色々だろ!
(電球ピカーン!)
そうだ、月並みだがこの脅し文句で!!

「俺も男だ、君みたいな綺麗な女性と一緒にいれば、ほら、襲うかもしれないだろ?」

「!?」

来た、専門用語でキター(・∀・)-!! これは大ヒットだ!熟練の達人級ならまだしも、このタイプならこれで一撃よ!


「ダ、ダイジョウブデス!」


何故外国人!!

「大奥様が『息子が傷つくのは忍びないが、女中と事があっては家の、しいては彩杜のためになりません』と…」

そう言うと、おもむろに彼女は棒…いや、あれは…

「ラ、ランス!?」

金色に光る槍を取り出した。

「はい、大奥様からお預かりしておりまして、これで死なない程度に撃退せよと」

おおおおおおおおい!俺を甘やかしているのか、殺す気なのかはっきりしろ!母親!

「ま、まぁもちつきたまえ。そんな物騒な物はしまって、一端座りなさい」

「で、ではお傍にいてもよろしいのですね!?」

切り替え早ッ!しかしここでNoと言える日本人を演じてしまうと、きっと俺の胴体に風穴が開く可能性がある。

ぴんぽーん

そんな緊急事態の俺を救うかの如く、玄関のチャイムがなった。

「あっ、お客様ですね。今私が…」

「待ちたまえ、まだ君を雇うと決めたわけではないし、ここは俺の家だ。主が出迎えるのが筋であろう」

そう言うと俺は現場を離れるように、玄関に向かった。

「はいはい、どちらさまディスかー?」

ガチャッ…

そこには二人の女性が立っていた。
1人は清純で気品の溢れる女性と、もう1人は活発そうな茶髪の女性。

「えーどちら様で?」

「あーーーーーーー疲れたぁ〜!まさかこんなに遠い場所にあるとは思わなかったアルよー」

チャイニーズ!!

「始めまして、ご主人様。私は沢渡芹菜と申します。この度ご主人様のメイドとして、派遣されました。よろしくお願い申し上げます」

美人!!

「何よ、随分反応に落差があるじゃない。…まぁいいわ、んじゃ着替えるから場所借りるねー」

「こ、こらなのは!さっきも言った通り、もう少しメイドとしての気品を…」

ドタドタと二人して廊下をかける。
全く持って俺の事は無視だ。ここまで無視されたのは小学生のテストで1人だけ100点を取って浮かれた時以来だ。

「ここでいいかな?」

「なのは、勝手に部屋を開けては…」

あっ、そこは俺の部屋だ…

「うはっ、すごーい!こんなに剣が飾ってある部屋、見たことないよー」

「うはぁ〜ってなのは、勝手に入ってはいけないと…ああっ、もう貴方はドレスの着方も知らないの!?」

何だか凄い状況が俺の部屋で行われている。

ガチャ…「ちょっと、ご主人様(仮)?覗いたら両目がなくなると思ってくださいね!」バタンッ!

ガチャ…「ご主人様、すみません…すぐに着替え終わりますので、しばらくお待ち下さい…」バタン

もう、何が何やら…



小休止



「で、二人とも志乃美と同じように派遣されたと」

(あわわわわ、ご主人様に名前で呼ばれたー!!)

「はい、では改めて、大奥様より彩杜様のお世話を仰せつかりました、沢渡芹菜と申します」

「うわーでっかい部屋もそうだけど、豪華な装飾ねー」

もっさ対称的なコンビだな、おい

「な、なのは!自己紹介くらいしなさい!!」

「えっ?ああ、始めましてご主人様。私は佐川なのはって言います。なので結構ですよ♪」

「ああ、もう!主人から愛称で呼ばれるメイドがいますか!」

「まぁいいけどさ…で、二人にもしっかりと聞いて欲しい事があるのだが」

「はい」「なーに?」

俺は志乃美の顔を見た。
志乃美は俺が何を言うかわかっているのか、酷く落ち込んでいるようだ…が、俺は容赦しない。

「志乃美にも伝えたのだが、さっそく君達の任務を伝える」

「おおっ、早いねー。まかせんしゃい!」

「ご主人様、任務ではなく給仕なのですが…」

彼女達の絡みとやり合っていてはキリがない。あとなのははどこの出身だ?

「まず、身支度をしてすぐに帰りなさい」

「ッ!!」

志乃美が塞ぎこむ、しょうがない。
なのはと芹菜もポカーンと口を開いている…それはそうだろう、そしてブチ切れて…

「いいいいいいっやほぉう!近くに行きたいゲーセンがあったんだよね〜初出勤は顔合わせだけってご主人様、わかってるじゃない!」

「ご、ご主人様?帰れと申されても、私達は住み込みで給仕させていただく予定なのですが…」




シーン・・・・・・




「す、住み込み〜!?」

一番に声を上げたのはなのはだった、そしてでかい。

「ちょ、ちょっと待ってよ!住み込んでまで何をやるって言うのよ!!」

「何って、ご主人様の身の回りのお世話に決まってるじゃない?」

「はぁ〜ありえないっしょ、うら若き乙女がこんなエロそうな男と一緒に暮らしたら、来年には五つ子出産よ!?」

えらい言われようだな、あと人数と回数は関係ないだろ。

「でもメイドたるもの、何時いかなる時にもお呼びがかかればご奉仕するのは、当然でしょう」

「いかなるって、食事作って一緒に話をするだけじゃないの〜!?」

「貴女、メイドを何だと思っているの…」

芹菜が大きくため息をつく。

「ええっ、メイドってよくある喫茶店のウエイトレスでしょ?」

「なのは、あなた…」


「何を言っているのよ、このど素人がぁぁぁぁ!」


突如大声を出したのは、ずっと塞ぎこんでいた志乃美だった。

「いい?メイドっているのは、ご主人様にもっとも昼夜を問わず、快適に暮らしていただくためのお手伝いをする仕事なのよ!?」



「夜も快適って…セックスの相手?」



うはっ、クリーンヒット!

「な、なななな、なななななななな」

あっ、何か俺の中の志乃美のイメージが崩れる気がする。

「何をいってるのよ、この俗物がぁぁぁぁぁぁ!!!!!貴女みたいなのがメイドの品を落としているのよぉぉぉぉぉ!」

俗物なんて単語、日常で聞くことになるとは思わなかった。

「メイドの品も何も、前に彼氏に借りたゲームでは、身寄りのない女の子が給仕と称して訪問者に哀れな事をしてたけど…やっぱり日本でもやるの?」

なのははかなり嫌そうな顔をしている、何て失礼な奴!

「外国ではそうかもしれないけど、秋葉原とか行くと別に売春って感じはしなかったし、カフェで接待するだけだと思ってたのに…」

「なのは、その哀れな子が出てくるゲームって、『からこと』?もしかしてクレア?」

芹菜、突っ込みはそこじゃない!

「・・・・・・・・・二人とも・・・・・・・・・」

げっ、ランス握ってやがる。


「そこになおれぇぇぇええええええ!」


ガンッ!

「ゴフッ!!」

志乃美の振り回すランスが俺の頭部を直撃する。俺はそのまま眠りに付いた。

「志乃美が…一番…メイドっぽくねぇ…ガクッ」




こうして激動の初日が終わって行った




僕とメイド 第一話『解雇通告』