背景は、キングズパークから見下ろすパース市街









 

☆ーなー☆ おまけツアー




☆ 月曜と水曜とで二つのツアーをしたから、おまけがある。



  この金曜日、第二週分の宿代 246$ を支払って、向かいの

   Mount Street Innで待つと、マイクロバスが来た。



  午前中はパースの町を回った。もうすべてを知っているつも

 りだったが、ドライバーから説明を聞きながら「視察」すると、

 歴史や町づくりの意図などが見えて来た。古いものをよく残し、

 保存に心しているのだった。



  昼食時は、駅前で解散になって、「ーー13:15ですよ。」と午

 後のバスの念を押した。「バスもドライバーも別の人です。」

 かれが確かめる時、そうつけ加えた。



  昼食つきのツアーではない。Food Hallで済ます。かれらに

 は、いわば勝手知った街だが、同行の乗客には行くべき所を求

 めてウロウロする人もいる。スイスからの、スエーデンからの、

 しかしいずれも白人ばかりの一行だった。



  午後はフリマントルへ走る。途中の説明がよかった。バスか

 ら大学の構内が見えたり、名門高校の体育の授業が瞥見できた

 りする。何とかという作家が好んだ場所で、彼の邸宅があった

 などと聞きながら、それでも到着は電車より早い。



  ざっと一回りしてからは、マーケットなどで自由行動をする。



   二度目だから、かれらは迷わない。オパール屋の前を通ると、

 夫妻は記憶していて、「楽しんでますか?」と声を掛けた。



  日本人客がよく出入りするらしい土産物屋があり、はたちそ

 こそこの娘が三人で客の相手をする。



 「ハロー.」とかれが入ると、「コニチワ.」と白人少女が迎えた。

 「日本語、ーー分かるの?」

 「スコシーー.」

 「いらっしゃいませ。」「イラッシャイマセ.」と更に黄色人の少女が二

 人、遊びに来た友人を迎えるようにそばに来た。



 「日本人だね。」と問うと、「はい。」と「違う。タイワン。」

 と二つの答え。



  日本人娘は、二十二と言った。六月に来たばかりで、英語が

 分からないから何かいい方法はないだろうかと、しかし苦悩の

 表情はみじんもなく語った。



 「ーーだから、私は時給3.00$しか貰えないの。あの人達は

 6.00$。」

 「私はね、(とタイワン。)お客と話して日本語覚えたの。

 え?ことば? 中国語のカントン語、ベイジン語、それから英語と日

 本語。うん、こんな人、よくあるよ。」



  何を買うか、売るかの話しではない。キャーキャーと話し始

 めた。



 「いやあ、君達、仕事だろう? 邪魔しちゃ悪いからーー」

 「いいの、ほんとに。オーナーね、客と話してればいいって」

 「どんな人?」

 「あの人(レジに中年、堅そうな人が座っている)、シンガポ

 ール人なの。」



 <そうか、賑やかし役でいいのか>そう思って、

 「おじさんね、息子に嫁、探してるんだよ。」

 「ほんと、いくつ? 連れてって。」

 「ワタシ、イイデスカ?」立候補者が多いのだ。

 「ほんとよ、すぐでも行きたい。」

 「おじさん、だれでもいいの?」とタイワンがからむ。

 「息子が決める。」

 「ムスコ、決めたら誰でもいいの?」

 「うん。」

 「黒人でも?」

 「ーーうん、それはねえ、ーーこういう議論をするのは問題な

 んだ。」

 「I think so. It's a very big problem.」と、白人娘が真顔

 で言った。



  多民族社会にあって、よく知的にしつけられた意見だった。

 タイワンや日本では、どうしても欠け易い思考だろう。国際的

 市民権を得るには、この国やニュージランドから学ばねばなら

 ない。



  日本人娘は、英語が理解できなかったか、関心がないのか、

 まだ「連れて帰って。」を繰り返していた。



  玉葱、ジャガイモとりんごとをリュックに入れて観光バスに

 戻った。座るときにリュックを脱ぎそこねて、りんごが転がっ

 た。ドライバーが、



 「To me ? Thank you.」といたずらっぽく、握ってしまった。

「Oh,I can't decide.」

「Why ?」

「I have my bos.」ちょうどそこへ妻が乗り込んできた。

「I see, I see.」ドライバーはりんごを返し、乗客も笑った。  ☆

☆ーにー☆ 南十字星は五つ星




☆ 十一月も早や十八日になっていた。滞在に期待したこともお

 およそ果たせた気がしていた。だからかどうか、船旅、クルー

 ザーのパンフレットを管理人室から部屋に持ち戻って読むが、

 参加を決めるほどの好奇心が盛り上がらないのだった。



  それでもあと三日分の米を買わねばならない。穀物屋に立ち

 寄って、そこにある野菜の種も四種類買った。チコリーなど日

 本ではあまりまだ栽培されていなさそうなものを選んだが、袋

 にはイタリー産であることが書かれてあった。



  暇潰しで電車に乗って、スワンバレーの奥に入った。終点駅

 はMidlandだ。 



  降りてみると、広場を越えてそこに大きなスーパーマーケッ

 トがあった。



  入ってすぐ、肉の売り場があった。安いのだ。種類も量も豊

 富で、買いたい、食べたい、と思わせる品が多い。



  二人は十分余りもそこに品定めをしていた。店員がときどき

 寄っては、どうするのか、と促す。



  残りの日数を思うと、買えないのだ。<もっと早くくればよ

 かった。おいしいのをふんだんに食べたのに>と思いながらも、

 <今夜分だけでもなんとか>と未練を残したりして、立ち去り

 難い。そして品物がいずれも大きくまとめてあるからなおさら

 買うことができないのだった。



  野菜の方へ回ると、買えるものがあった。キャベツ半個、玉

 葱2個、計1$(80\)でも手には重い。



  午後は、King's Parkで、妻が絵に水彩を施した。そばでかれ

 はウロついたりボーとしたりして、浩然の気を養った。 



   十一月十九日は日曜日。予定はもう何もなかった。

 「とにかく歩くか。」と、身支度して、スビアコまで徒歩で行

 ってみることにした。人通りも自動車もほとんどない。まさに

 安息日だった。かれはクリスチャンではないから、家にじっと

 する習慣にはなじまない。



  時たま地図をみて、方向を決めては進む。



  英字ガイドブックに「Steak House」があって、Axon St.と

 Hay St.とのCornerにある、とあった。



  スビアコに着いた。「どこや、アクソン通りは?」と見回すが見

 つからない。大きく余分に回って探して見つけることはできな

 かった。



  駅裏のフリーマーケットを、再び見ることにした。用はない。時間を

 消費するためだ。



  ゴム裏の足袋があった。



 「ザシューズ、フォーカラテ ?」

 「イエス.アンドーフォーーーアンーー」と両の握り拳で動作をする。

 「太極拳?」

 「ーーー?」



  かれは、紙に大きく「太」「極」「拳」と書いた。

 「イエス、イエス.フォージーズカインドオブスポーツ.」

 「メニースクールズ、インディスシティ? ーーアンド、ジャパニーズティーチャーズ?」

 「アロット.バット、ノットジャパニーズティチャーズ.」



  <履き物が売れるほどの教室があるとすればーー>かれの弟

 が空手の達人だからか、この地の日本人教師について聞いてみ

 たのだった。



  中国人だが中国語はあまり知らない、と言う、顔立ちの整っ

 た中年婦人だった。



  古本屋は、七十年輩のおじさんが店番する。何でも知ってい

 そうな知的雰囲気を持つので、

 「スキュースミー.ドウユウハブ、アムーーーザストーリーズオブ、ドクタードウリットル?」

 「ソリー.ヒアイズント.バット、ーーオーバーゼアー.ユーキャンファインド.」と新本の童

 話屋を指さした。 



  だが新本屋の若い店番は、本に読み耽って顔を挙げなかった。

 しかたなく片端から探す。



  英語の本は、探すときに困る。背の文字が簡単には読めない

 のだ。それでもすべてを見て、「ドリトル先生」とも「ロフティング」

 ともないことが分かった。



  妻は、かれと別れて何か飾り物などを見ていた。



  もう一軒の古本屋は、著者別に作品が整理してあった。だが、

 なかった。



  駅の表のパビリオンに入り、先日あったヨーコさんの店に行

 った。

 「明後日、もう帰ります。」

 「そう。」としばし話す中で、彼女の友人がこの地に預金をし

 て帰国し、再来して利息を多額に取った。今回の旅はいわばタ

 ダになった、ことを喋った。



  日本の預金利息なんて手数料も出ないほどだが、この国は6%

 なら普通である。<いいヒントを得た>と、かれはこの時思っ

 た。



  この夕方、<たそがれ時にはあそこに居て構えよう>と、か

 れはKing's Parkに登って、記念碑の奥の、巨大な棕櫚(シュロ)の

 樹まで来て、ビデオカメラのファインダーを合わせていた。



  樹の上方の十メートルばかりは「まつかさ」状に葉柄の株を

 残している。その隙間に穴を掘り、鳥が営巣する。鳥は鳩ほど

 の大きさ、色は緑が主で顔の辺りは赤色を交え、喙(クチバシ)は

 鸚(オウム)のそれに酷似する。必ず二羽が出入りするから夫婦に

 違いなかった。



  たそがれようとする頃に帰ってくる。穴の奥に入ってしまえ

 ば撮影できない。かれはうまく撮影できたが、もっと映像が欲

 しかった。



 「オーイ.ワーイ.コラー.」かれはわめいてみた。すると、「何だ」とい

 った顔で鸚もどきの鳥が見おろして、首を傾げた。



  たそがれの小径を、丘を下り陸橋を渡り、高速道路のわき道

 を歩いて宿まで来たが、往路に妻がジャッカランダの落花を拾い集

 めて上の方の樹の根元に置いたので、それを取りにまた丘の上

 まで往復しなければならないのだった。



  十一月二十日、空港への戻り方が気になった。



  Airport Shuttleがあるのだが、どう予約しどう払うのか、は

 っきりしないのだ。聞く人ごとに「電話でブッキングしなさい。」

 と言うばかりなのだ。宿のフロントで頼んだら、7$のはずが8$

 であった。1$は手数料なのだろうか。



 「お金、定期預金してみるか。」かれは、冒険でもするような

 気持ちで妻に言った。そして最初に銀行、ANZに入った。



  こういう類いの話しを英語でするのは、実は難儀なことだっ

 た。



  用語が分からないのだ。利息をinterestいうぐらいは常識で

 も、預金の種類や満期、中途契約破棄などについて言うのも聞

 くのも未開地へ赴くに等しかった。



 <ええい、ままよ>と入って、

 「アイワントトウオープン、サムアカウントーーー」とやってみた。



  すると奥の席に通され、デスクを挟んで中年女史と向き合う

 ことになった。



  書類を前に説明を聞く。完全に理解できたわけではないが、

 Term Deposit(定期預金)なら、一年で5000$未満の場合5.60%

 の利率、以上の場合は7.00%である。



 「問題は、税金と円レートですね。」



  この国は利息の10%を税に取る。レートは満期の時期にどう

 なっているのか、予言者にも分かるまい。しかし下ろしたお金

 をこの国で使うならさほどの問題も生じまい。



 「ありがとう。考えます。」とひとまず引き下がり、次の銀行

 へと赴いた。



  Common Wealth Bankだ。「共通の富の銀行」なんて訳す必要

 はない。イギリス連邦を指す言葉に銀行が付いているのだ。



 「Hallo.'xcuse me. I want to open a term deposit.」



  案内嬢に、ズバリ話しかけるのも場数?を踏んだためだった。

 「OK.This way,please.」と個室に案内された。

 「Sorry,to take your time.」と詫びると、

 「No,not a bit.It's my job.」と、口も心も軽い女性だった。

 しかもさっきよりは言葉が早いのだが、二度目だから理解もや

 やたやすい。



  条件はほとんど同じだったが、利率はほんのちょっと少ない。



 「ありがとう。よく考えてからにします。」と辞去しようとす

 ると、

 「他の銀行もまわるのですね。」と、心を見すかしたように言

 った。だが悪意はなさそうだった。



  返事に困ったまま「センキュー.グッバイ.」と、日本流のお辞儀をし

 て出た。



  二人は公園のベンチで「どっちにしょう。」と相談した。手

 持ちの資料では東京支店を持つのがANZだ。街で昼飯を食べた。



 「あっちにしょう。」二人は再び、もとの道を引き返す。



  Jean Fickさんがその人の名だった。にこやかに迎えて、話し

 を聞いた。



  日本円で200000\を、2000$の定期預金と425$の現金とに換え

 た。書類の出来たのは3:00だった。外へ出てから、かれは<しま

 った>と思った。かれにはよくあることだった。

 <2000$に近い日本円を出せばよかった>のだった。明日この地

 を去るのだから、ドルをなるだけ持たないのがいいのだ。



  午後のお茶をColes 2FのFamily Restaurantで味わい、菅井き

 んさんに似るオパール屋へ向かった。さよならを言うだけのつ

 もりで長話をした。その時、妻が

 「お好きなら梅干しを送りましょう。」と約束していた。かれ

 の農園には、二人に食べきれない梅が成るからだ。



  宿で荷物をまとめる。簡単に荷造りが終わって、夕食のたそ

 がれの中をKing's Parkに登った。やがて星が光り始める。だが

 星の数は少ないのだった。



 「南十字星、聞いて、誰かに。」妻がまたも要求した。 これ

 まで何度もあったが、かれは渋っていた。夜道で呼び止めて星

 を尋ねる異国びとを、尋ねれらた人はどう思うだろうか。かれ

 にはそういう類いのことが気になったからだった。



  だが、この宵は異なっていた。イギリスの王族が好んだ景観

 のこの丘も、これでお別れだった。かれは通行人の適当な人を

 物色して、得た。



  若夫婦らしかった。



 「スキュースミー.ウィッチイズザレッドクロウス.」

 「オウ.ファイブスタ-ズメイクイット,アイラーンド.」と言いながら探すのだ。夫

 も首を横に振った。

 「ソリー.」

  真南の中天には、はっきり一つの星がある。だからそれが構成

 する星に間違いはないのだが、クロスと言うからには、それにふさ

 わしい星がなければならぬ。天の四分の一もの規模で言えばクロス

 は存在するのだが、近在する十字が分からなかった。



  答は「ソリー」でも構わなかった。現地の人にはそんな細かい関

 心はなさそうだった。物を見ればすぐ、何科の植物の、何時代

 の何文化、鑑賞の仕方はかようかようなどと、厳密で緻密なの

 がいいと認識するのは、この地の人とは異質の人が好むことの

 ようだった。



  宿に戻ると、ドアにメモが貼ってあった。



 <あなたからの手紙、みんなで読みました。帰ってきたら質問

 します。ビデオも見せてください。名古屋はもう寒く、夜、外

 出するには手袋が要ります>と、英文であった。会話教師のシーク

 マンさんからだった。                                     ☆

☆ーぬー☆ 人も自然も




☆ 帰る日だった。残りの宿代を支払い、チェックアウトを終えたが、

 荷物はお昼まで預かって貰った。



  昨夜二人は話し合って、更に1000$の定期預金をすることに

 していた。



   Citibankで残金に至近の交換をしてから、ANZに入ろうとし

 た。閉まっていた。開扉時間には、まだ五分早かったからだ。



  ガラスの奥にJean Fickさんがいた。かれらを見つけ「かま

 いません、どうぞ。」と中に誘った。



  とても友好的に事が進む。かれは嬉しかった。



  書類ができて、真顔がややきつく彼女は問う。 



 「この条件でよろしいか。」

 「難しいけど、ーー途中でウイズドロー(引き出)しないつもりで

 す。」かれは厳密な理解はできなかったが、満期までに約束を

 守らないと罰則あり、と読めたからだ。

 「OK.Here--Please.」



  署名をして、契約書が手渡される。預金証書だ。



 「満期になったら一週間、猶予期間があります。その間に処置

 を伝えてください。何もおっしゃらなければ、自動的に次の一

 年、再び定期預金されます。ここへお越しになれない時には、

 手紙ください。あなたの日本の銀行口座に、振り込みます。」

 「わかりました。多分来ると思います。また、あなたの銀行の

 ブランチが日本にあると聞きましたがーー」

 「はい。書いて置きましょう。

 (ANZ Banking Group. 8th Floor.Yanmar Tokyo Building.1-1

   Yaesu 2-Chome Chuo-ku.Tokyo 104 Tel:(3)3271-1151)」と

  名刺の裏にに記した。

 「でも、ここは企業取引が主ですから、個人の方は便利ではあ

 りません。」とつけ加えもした。



  かれはこれで、心の重石がすべて取れた気がした。善い人に

 出会えた気もしていた。



 「日本人の顧客もよくここへ来るのですか?」

 「二三ですね。これからのことを考えると、私も日本語を学ぶ

 必要がありそうです。」

 「難しいですよ、言葉がちょっと違うのですから。例えば語順

 とか母音とかーー」

 「??」

 「Vowels,for examples,aaa,iii,uuu---」

 「Oh,ヴァウエル.」

 「母音による言語なんです。それから主語に始まり述部で終わ

 る語順です。」

 「むつかしそうですね。」



  再会を互いに期待し、握手を交わし、辞去した。



  街で早昼を終え、宿に戻る。荷物を身につけて、また別れの

 「儀式」になった。



  寂しいものである、いつも、幾つになっても。



  シャトルバスが見慣れた街中を走った。来たときにタクシー

 で聞いた事を逆に辿っていた。



  街が尽きて、疎らな草木の野に出ると、すぐが空港だった。



  広い飛行場に駐機は少なく、だた広く静かだった。



  構内の手続きも、出国のそれも、また搭乗に際しても、穏や

 かで静かだった。だがかれはここが文明の第一線に遅れをとっ

 ているなんて解釈は少しもしなかった。むしろ時代を先駆けた

 環境を保全していると理解して、心底から愛情を感じているの

 だった。



        一九九六、一、十五 成人の日に完了

                              ☆

☆ーあとがきー☆「移住ですか」




☆ パース滞在の間、私はそう自分に問いかけていた。計画の段

 階で漠然と思っていたことだったが、現地で生の心と身体が、

 そう感じるようになった。それくらいこの土地が気に入った。



  この地で観光したことよりも、「日常」生活をしたことの方

 が、今振り返ると、印象の比重は重い。



  ここの衣食住が私にどう可能なのか。つまり私たち夫婦の経

 済力で、気に入った異国の生活をやっていくどんな程度の可能

 性があるのか、それが知りたかった。



  結論は、可能であると判じた。



  判じたら、それでは「移住するか」どうかが問題になってき

 た。これは私たちの意思の問題、決断の問題である。



  そして、今ここに記すことができるその結論はこうである。



  1、当面は、冬期の「避寒」生活として、季節移住をする。



  2、現生活(日本の)を捨てるに足る積極的理由がないので、

 異国の異質な「生活」の種々相を、もっと幾つも見る。



  3、何かの拍子に「気が向いたら」、いつでもここに移住す

 る。



   結論には幅がありすぎて明確さを欠くが、リタイアーした身

 には他人への責任を意識する必要がないから、白黒をつけなく

 ていい。これが自由人にふさわしい、偽りのない結論だ。



  ところで旅好きの私たちだが、「旅愁」とか「旅情」とか、

 さらには「幾山川越え去りゆかばーー」などと感傷を求めたり

 人生の寂漠感に浸ったりするような心境からはほど遠いところ

 に「旅」を見出している。



  旅は、人生を充実させてくれる。井戸の中の蛙が池も林も田

 圃も小川も驚異の眼で見聞し、イモリだけの付き合いから脱し

 て、ゲンゴロウやタニシ、ヒルらの存在を知って行く。



  見聞・経験の限りない広がりを求めて「けふも旅ゆく」

 ような歌を、向後とも詠んでゆくつもりである。

                               ☆

目次へ戻る

ホームページへ戻る


「 資 料 二 つ 」


  
資料1[必携書類 メモ] 写し
ョ「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「イ 、☆ ☆ パース(西オーストラリア) ☆    航空券手配先「NO1 TRAVEL」 、 、〒460 名古屋市中区栄3-32ー331 トクサンビル4F TEL 052-243-1681 担当 キン ギョウラン、 カ「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「コ 11月1日(WED)鼓6:55--白子7:01---7:59名古屋8:08--西春8:23--8:38空港 [7:07なら特急]  空港 集合8:40「B-37カウンター」ツアー名「HIS Ciao」 ※できたらオーストラリア$ 交換    FLIGHT 名古屋10:40--(MH 57 Y)--18:30 クアラルンプール 乗換(TRANSIT) クアラルンプール21:00--(MH 125 Y)--パース(翌朝)2:25 2日(THU) 空港で時間潰し(トイレ 朝飯 通貨交換 20,000\→オーストラリア$ など)   ホテルへ「Mount Street Inn」24 Mount Street,Perth。 09-481-0866 滞在場所決定<候補順に>  1)Mount Holiday Units(36 Mount St.Perth Wa 600) 09-321-8309  2)Adelphi Hotel Apartments(130A Mount Bay RD. Perth Wa 600) 09-322-4666  3)City Water Lodge(118 Terrace RD. Perth Wa 600) 09-325-1566  4)Perth Riverview Holiday Apartments(42 Mount St. Perth Wa 600) 09-321-   決定したら移動. 落ち着いたら買い物 (日本へ連絡) 8963 3日(FRI) 市内を知る(マーケット、郵便局、銀行、バスセンター、駅、Informationなど)  4日(SAT) 〜 20日(MON) 現地で計画、現地で行動 21日(TUE) FLIGHT パース 15:30--(MH 124 Y)--21:05 クアラルンプール 乗換(TRANSIT) 22日(WED)     クアラルンプール 1:20--(MH 56 Y)--8:40 名古屋  空港 西春 名古屋 白子 鼓 9:36--9:51.....10:11---11:08 --11:21 ◎持ち物の用意 ■日常用品 衣類(半ズボン,パンツ,靴下,長袖,ワイシャツ)帽子,ウエストバッグ,パジャマ, 薬(目薬、感冒・胃腸など、バンドエイド)リュックサック、洗面具、化粧品   ■旅行記用品 ビデオ、カメラ、旅日記、出納記録マメノート  ■必携 パスポート(豊=MP3757794,啓子=MP3757795 ともに12 MAY.2000まで)、     旅行保険(95/10/24加入、安田火災 証書番号 豊=15180119、啓子=15180120    [契約内容 各事故死=1000万、同傷害=300万、病死=1000万、同 治療=300万、   賠償=2000万、携行品=20万(豊のみ)、救援者=200万])  航空券、磁石、円ドル換算表、今回旅行一件書類     お金:トラベラーズチェック=135,000\(東京銀行)    豊=95、000\(5,000\券7003282845151〜***159.         10,000\券7023281757075〜***079)   啓子=40,000\(5,000\券7003282845164〜***169 10,000\券7023281757080 ) :キャッシュ・カード=100,000\[CITY BANK 口座番号 ******* 預金高100,000\] :現金=300、000\. ■費用概算 500、000円 内訳[航空券224,800\(含 ビザ取得&オーストラリア出国税&一泊)]  [旅行保険(5,780\ x 2P = 10,560\)][生活費(10,000\ x 20Days = 200,000\)] [土産・小遣い・買い物 = 50,000\][国内旅費など=5,500\] ■連絡用 住所録(Tel)[オーストラリア国際識別番号 0011]+[日本 81]([USA 1])   薮野桂 〒474大府市******************号   0011-81-***-**-*****(****)   山口由理 〒870大分市************ー15    0011-81-***-**-****   薮野恵美 (Youkey Rose Yabuno) ********************** N.Y.***** 0011-1-***-***-****   ※  日本 → オーストラリア  001-61-(0)市外No-No  ■Reconfirmation MALAYSIA AIRLINES PERTH OFFICE : 09-325-4499 MAS Building,56 William Street,Perth,Western Australia 600 MALAYSIA AIRLINES TOKYO OFFICE : 03-3503-5961
[滞在中行動メモ]

11/1(WED)    鼓6:55--白子7:01---7:59名古屋8:08--西春8:23--8:38空港 

      空港 集合8:40 名古屋10:40--(MH 57 Y)--18:30 クアラルンプール

       (TRANSIT)クアラルンプール21:00--(MH 125 Y)--

/2(THU)--パース2:25 仮眠 通貨交換 20,000\→オーストラリア$108.45) 

       6:00 Mount Street Innにチェックイン  滞在先 Mount Holiday Unitsに決定

     市中モールを探訪 

/3(FRI) Mount Holiday Unitsに移動、チェックイン。CitiBankで1000$引き出し。

   日豪センター訪問。お米、ピーナッツ、オリーブ油、野菜、ソーセージ、シェリー酒購入。

   移民局訪問(リタイアメント・ビザ)。公衆電話で由理に電話。手紙を書く。

/4(SAT)手紙投函(恵美、由理、シークマン) 電車でフリマントルへ。Round House, Sea Food

      でFish&Chips.Maritime Museum,Market.隣室の乱暴者、壁破る。部屋変わる。

/5(SUN)駅北の屋台。中華街の集合食堂。博物館(アボリジニー、大鯨骨格、蟻塚)

   食品の買い物。夕食後、散歩(King's Parkとその下)

/6(MON)動物園(カンガルー、コアラ)。フェリーで市中へ。昼食イタリア料理。GuideBook読む。

/7(TUE)元の部屋に戻る。日本総領事館、訪問。日本食堂「桜」。不動産屋、訪問。

   East PerthでBunbury便、調べる。買い物後、「オパール」訪問。和食で夕食。

/8(WED)天候不良。近隣のビル、探訪。シンガポール航空事務所。ウィンド・ショッピング。

   昼食、ファミリー・レストラン。午後、すばらしい虹。やや寒い。

/9(THU)観光旅行選択の旅行社訪問。英語学校訪問。舟着き場と土産物屋。

/10(FRI)一週間分の宿代、支払、265$。モンガー湖で黒鳥を見る。夕食後の散歩は

    King's Park,下の通りをも歩く。夜中、何度も咳き込む。

/11(SAT)田岡さんに手紙。Subiacoの市へ。Yoko Morimotoさんに会う。午後、

       Narrows,Mill Placeへと散歩。  

/12(SUN)南パースで絵を描く。夕食後、King's Park散歩。新婚夫妻に会う。

/13(MON)左鼻腔より血膿排出。一日バス旅行で南下(エミュー牧場、EagleSanitery,

       カリーの原生林、バンバリー海岸)8:00過ぎ帰着。   

/14(TUE)身体、不調。WestPerth経由で歩き、CityCentreへ。土産を意識して買い物。

        CitiBankで40000\を交換、100$を引き出し。午後、King'sParkで、LSCへの

    文章書く。(妻は絵の完成)

/15(WED)一日バス旅行で北上。(Dandaragan,CommunityCentre,WildFlowers,

    LakeThetis,Pinaklesの石柱群、Cerbantesの白砂)  

/16(THU)フィルム現像に出して、Scarbouroughへ。HillaryBoatHarbour。

       「Chilli Mussels」「カキフライ」の量・質に驚く。電車でAmadale。

/17(FRI)宿代、第二週分、支払、265$。オマケの一日観光(市内とフリマントル)。

/18(SAT)米、野菜の種など買う。電車でMidlandhe.

    野菜を買う。King'sParkへ。  

/19(SUN)Subiacoへ(往復徒歩)。夕刻King'sPark、シュロ樹に帰る緑の鳥を撮影。

/20(MON)銀行訪問(ANZ,CommonWealth)。ANZに2000$定期預金(一年)。

        オパール屋訪問。荷物まとめの後、King'sParkへ。尋ねるも現地びと、南

        十字星を知らず。シークマンから葉書。  

/21(TUE)宿代、4泊分支払、180$。ANZで更に1000$定期預金。

      FLIGHT パース 15:30--(MH 124 Y)--21:05 クアラルンプール (TRANSIT)

22日(WED) クアラルンプール 1:20--(MH 56 Y)--8:40 名古屋 

      空港    西春    名古屋  白子    鼓

       9:36--9:51.....10:11---11:08 --11:21

目次へ戻る

ホームページへ戻る