清澄な風景画「ニュージーランド」
背景は、キングズパークから見下ろすパース市街
☆ーおー☆ パース着
☆ 荷物を取り出し、入国する時、「食べ物は? ドラッグは?」
と持ち物を尋ねられた。大きな空港でありながら混雑の気配も
ない。
二階が出発ロビーで、夜明けまでの時間待ちにかれと妻はそ
こに上がった。二時五十分、すべてが閉まっている、と思った
が、バーが開いていた。
コの字に連ねた椅子には、横になって時を過ごす若者が数組
いた。かれらもこの若者と同じように場を占めた。 妻が横に
なる。
「機内で気分悪かった。おなかにガス溜まるのやに。」
かれは<オレは寝ない>と思った。
「コート掛けて寝たら。オレ、日記書いたりしとるわ。」
ホームレスみたいだと思う。
リュックから旅日記を取り出して、パースへ行くことになっ
たいきさつや、出発からこの場に来るまでのことを記した。
3ページを記す。しかし時間は一時間も経過しないのだ。
妻が、どうやら眠っているらしい。それを直接に見渡せる範
囲で、歩いて見た。バーにはおじさんがいて、
「Can I use Japanese money here?」と聞いてみた。
AU$を一文も持ってなかったからだ。
「No. You can change money at the ground.」
「Down-stairs?」
「Yes.」
誰も利用しないエスカレーターが夜通し動いている。見えな
くなる最後までかれは妻と荷物を見やりながら降りた。
かれが乗った飛行機が着いた後は、六時に到着便があるだけ
なのだ。階下には誰もいない。だがすべてが閉まっている中で
ここだけ大きく開けて職員がいた。「トーマス・クック」のマ
ネイチェンジだ。
かれはお金を交換しなかった。妻と相談してないからだ。
かれの家の財産は妻が取り仕切っている。かれは情報をさぐ
るだけである。
「何時まで(Until what time do you open)?」
「閉めませんよ(don't close).」
かれは売店をガラス戸越しに覗いたり、Informationの掲示
物を取って読んだりしながら時間を潰す。
「六時になったら出よか? ホテル、『早い』ちゅうたら、
荷物だけ置かしてもろて、街に出たらええ。ーータクシーで
行くのがええみたい。下にあるで、一万だけ換えてくるか。」
と妻と相談した。
一万円が、Commissionを5$も取られ108$45セントになった。
タクシーのドライバーは愛想よく、口臭防止の飴を奬めて、
車を出した。
草原をすぐ抜けて街に近づく。右手に変わった建物があっ
た。
「ホテルです。カジノがあります。客の40%は日本人ですよ。
カジノ好きですか?」
「好きじゃないね。日本人もいいことしないねえ。」
「これからヘイ・ストリート。ここを抜けるとマウント・ス
トリートですよ。」
「バラック・ストリートとかヘイ・ストリートとか、何か歴
史が分かるね。ヘイって確か干し草のことだね。」
「そうです。家畜のね。」
かれには分かりやすい英語だった。単純な会話だが、途切
れずに続く。
Mount Street Innの玄関前で降りた。料金は21$10セントと言
う。20セント玉しかないので、チップの習慣のない国だが、
「どうぞ。」と動作した。
ドライバーは名刺を出し、「またよろしく」と去った。
「Lionel R.Cullen」は、Tourist Driver of the Year 1992
などと名誉ある称号を三つも記してあった。
☆ |
☆ーかー☆ 滞在先探し
☆ 最近は一泊目だけ日本から予約する。ここは、9400\で食事
はつかない。
入ってフロントにバウチャーを示し、
「What time can I check-in(何時にチェックインできる)?」
と尋ねた。
「いまいいですよ。」
「ほんと? ありがとう。」
十時だろうと予想していたから嬉しかった。部屋には小さな
流し台と調理道具、それに冷蔵庫が備わっていた。キッチネッ
トと言うのだそうだ。
部屋に落ち着くと動きたくなくなる。しかし第一日目にはど
うしてもしなければならない仕事があった。
第一に明日からの宿を決める事。第二に買い物をする所を見
つける事。第三に銀行を見つける事だった。だから着替えたり
顔を洗ったり、紅茶を飲んだりして一時間ほど寛いでから、宿
探しに外出した。
「キーはここに置くの? 私が持っていてもいい?」
「持っていて構いませんよ。」
フロントの女性は返事の後、なぜか声を出して笑った。
<気にしないことだ> つまり異国に長滞在する秘訣は、物事
をあまり気にしないことだ、とLクラブのY会長がかつて言っ
ていたのを思いだしていた。
「ええとこやぜ。」がかれのパース第一声であった。
「このMount Streetの両側を、全部見よに。第一候補と第三候
補があるはずや。んーとMountway Holiday Unitsちゅうのと
Riverview on Mount Streetや。第二候補?それはMount Bay
Roadって書いてあるで、もう一本下側のはずや。」
この通りはさほど長くはない。片っ端から見ていけば遅かれ
早かれ目指す宿に出合う。
左側を進み、大通りに出た所で折り返し、対岸を見て歩く。
元の場所の対岸で道は尽きて高速道路を越える架橋になる。そ
れを半ば越えて驚いてしまった。
渡り終えれば道は急勾配で丘へと上る。通りの真ん中の樹木
は今花が真っ盛りだった。
<桜だ!>
と感じ入りたいのだが、
<色覚に異常を来たしたか!>とも思えた。
満開の桜並木が通りの中央を丘の上へと並び、その色が青紫
に映えている。
「なんちゅう景色や、おい。」かれは、関西弁で唸った。
しばらくは見とれて、やおらこの坂道のどこかにあるはずの
宿を探そうとして、「なんや。これや。」と、すぐとりつきの
ビルに記された文字を指さした。
「ええとこにあるやないか。」
あるガイドブックに紹介されていたので来た。キッチンなぞ
見てから決めたい。そう告げると、にこやかに鍵を貸してくれ
た。最上階の部屋だった。
かれは妻と二人で部屋に入り、入念に点検した。窓外の眺め、
非常に良い。スペース、まあ良い。家具、十分。バス、トイレ、
良い。台所、冷蔵庫・オーブン・電気フライパンなどある。欧
米人にはこれでいいのだろう。
「炒めものならできるやろうけど、ご飯、炊けやんなあ。チャ
ーハンかおじやみたいなもんか、できるのは。」と納得して降
りた。
「週毎に支払ってください。265$で後払い。」
換算表を出して見た。日本円の22、000\ほど、一泊にすれば
3、000\少々だ。
「じゃお願い。明日、十時ごろに来ます。で、もし不可能でも
構いませんが、部屋の調理道具にニクロム線のボイルができる
道具はありませんか。」
「こういう風な形の、」と紙に絵を描き、「ああ、それはスト
ーフ、」
「私たち日本人は、料理はボイルします。例えばライスや野菜
を煮るとか、ミソスープをボイルするとか、」
「わかりました。来週の初めに入れます。約束します。」と答
えた。
こうして第一の仕事は気持ち良く済んだ。次は銀行だ。
表に戻るとまた「紫桜?」の満開の下に出る。しばらく見と
れてから、架橋に上り半ばを渡るとき、前方は高層ビルが林立
するその中の一つに「Citibank」とあった。
「あれ見い。運がええなあ、シティバンクや。銀行探しも一仕
事に予定しとったのに。」
過去の銀行探しは、例えばロンドンではオックスフォード・
ストリートに、クアラルンプールでは地図のミスを発見しなが
ら、いずれも東京銀行を発見したのが暗中に模索する一仕事に
なったが、いま労せずして事を成した。
市中のある区画が二本の通りをモールにし自動車を遮断して
いる。そこへ行こうと歩く時、樹や花木が多い小公園に出た。
憩う老人やアベック、ベンチでドリンクを飲む人、その雰囲気
の中に何か花の匂いが漂う。
「ジャスミンかなあ。ええにおいや。」と辺りの植物に目を配
ると、蔓に白い花が無数に着く。ジャスミンに似てやや異なる
と思えた。生け垣ふうなくちなしがまだ咲いていないから、白
いパラソルを巻いて緑の葉の群れの中にこれを差し出す。
「ちょっと休憩するか?」とベンチに座り、背を伸ばす。
「ちょっと写しとくわ。」と、かれはビデオを出して辺りを撮
り入れる。その時、
「あれ、違う?」と妻が前方のビルの上方を指さした。
マークだ。
マレーシア航空の大きなマークが、すぐ前のビルから見おろ
していた。
「ほんとに運がええな、今日は。」
かれはまた、過去の航空会社探しを思い出していた。例えば
ウイーンでは電車の乗客がなぜか先方から、何をお探しですが、
一緒にそこまで、と援助してくれたし、パリではビクトルユー
ゴ通りに小さな看板をやっと見つけてほっとしたこともあった。
かれはいつも、リコンファームを電話では済まさない。出向
いて職員と直接に話しをする。そのとき得られた情報が、何故
かかれの思いを満たすからだ。
リコンファームは帰国三日前までにすればいいから、この日
はこれでいい。思いの外にゆとりある時間を、街を知るために
使えばいいのだ。
モールの両側を見る。生活するにはここですべて用が足せそ
うだった。通り抜けて駅に近づく。
インフォメーションに入った。
予想とは若干の差異があって、ここは観光ツアーを案内する
ところだった。
座って<何か役に立つもの、ないかなあ>と眺めていると、
日本人が声を掛けてきた。
「これ、よかったらどうぞ。十一月のがまだ出てませんけど、」
と呉れたのが、パースタイムズだった。滞在中に日を経るに従
ってこの新聞の利用価値が高まっていった。
「駅も見よか。」と通りを渡って駅舎に入った。思いの外に現
代性のある駅には、電車が出発を待ち、アナウンスが響き、エ
スカレーターに人が連なる。改札は全くない。
キップの自動販売機があった。
どうすれば買えるか見るつもりでそばに立った。折しも高年
のおばさんがコインを入れては押すものの作動しない。傍らに
中年男がいて、助言しているようだった。だがこの助言は功を
奏しない。教えを乞われて試みるものの自分にも分かってない
のだった。
「こうしたら」と妻がもう一台の方をいじくった。
行き先は番号化されており、その数字を押せば小窓に0.8$と
か1.5$、2.1$などと液晶表示される。かれには確信が生じた。
「I'll show you.」いわゆるデシャバリである。
「ほら、ここ、押してーーーこれ、料金、で、ここへ、お金、」
おばさんは、男が試みる台から離れて、かれら夫婦のそばに
きた。そして無事、キップを買い、釣りを握り出してホームに
向かった。
かれはなぜか痛快だった。
☆ |
☆ーきー☆ フッド・ホール
☆ 外で食べるのも、かれにはそうたやすいことではない。特に
慣れるまで、つまり勝手が分かるまでが大変だった。警戒心が
異常に強いのだろうか。
そこは場所の広い食堂だった。日本のデパートの食堂ほどの
広さの周囲に幾つも店が間口を広げ、それぞれが異なるエスニ
ック料理を出す。英国風のからイタリア風の洋食系店、インド
系、マレーやタイらしい店、中華系、そして日本らしいのもあ
った。
「一巡りしよか。」と、おいしそうな見かけや匂いに刺激され
ながら、オアズケされた犬の気持ちで、よい昼ご飯のための辛
抱がなされる。一回りが済む。
「決めたか?」
「うん。あそこ、なに? あれ。」
「うーんと、ライス・焼きそば・にんにく鶏肉盛り合わせ、っ
とあるなあ。」と、すべて英語だから、かれが翻訳するのだ。
「それにする。」
「そうか、ほんならオレは、肉うどんや。」
楕円形の平皿には、料理が山を成し、頂上に煎餅を三枚飾る。
盛り合わせとはかれの名訳で、「Combination」が皿に「盛り
上げ」られている。
幅広いきしめん風のうどんには、生煮えの葱・もやしと、日
本でなら焼き肉用にする程度の厚い肉が、角(カド)も明らかに
煮て、二十切れも上乗せしてある。もちろん歯ごたえもしたた
かだ。
「どう?」
「おいしいけどな、肉が多いわ。食べてくれるか?」
「私のも多すぎる。焼きそば、食べて。鶏肉も食べてええわ。」
要するに多すぎるのだ。平素の倍も食べる気がする。しかし
かれは残すことはしない。食べ残しなんて罪だぐらいに心得て
いる。骨を残し、うどんの汁と生臭かった青菜を残した以外は
すっかり胃に入った。
この料理、いずれも6.5$、つまり二人で約1、020\の昼飯であ
る。
こういう食堂をFood Hallと称することを知った。今回の新
知識だ。便利だし、また豊かな気持ちで食することができる。
便利というのは、かれのような異国びとが、こうした大衆性の
ある場所でさまざま当地のことを知ることができるからだ。だ
からこの時かれは、食べながらも食べ終わってからも周辺の人
々を興味深く観察していた。そしてその夜、旅日記にこう書い
ている。
<ーー食べながらさまざまの人を観察する。気づいた事 重労
働がある国らしい。 白人以外の人々がかなりいるーー>
また、こんな珍しい食べ物をどうやって食べるかなど疑問が
湧いたりする。注文や支払いの仕方は、とかチップなどの作法
は、などと分からないことがあったりする。すると、しばらく
人の動向を観察すればいいのだ。
以前、クアラルンプ−ルでこういう食堂によく入った。料理
がとてもおいしいのにアルコール類を売る店がない。見ている
と客に缶ビールを飲むのがいる。かれはその次から、すぐ近く
のス−パ−マ−ケットで冷えた缶を買い、食堂で取った一品料
理とともにおいしく賞味するようになった。
庶民を観察し庶民に紛れる、それが異国滞在のコツだった。
食後は、食料品を買い込んで帰ることにした。この買い物も
庶民に紛れてするのがかれの身上であった。
ヘイ・ストリートのモールに「Coles」というスーパーマー
ケットが大きく間口を開けている。偵察半分で買い物を始めた。
まず生野菜や果物から見る。昨年のニュージーランドではマ
ッシルームが安く堪能できたので、それを期待して探すと、あ
ったが安くないのだ。もやしは日本の三倍ほどの値だった。普
通の野菜、つまりレタスやキャベツ、玉ねぎ、じゃがいもなど
は日本より安い。
角を曲がると肉になる。これは日本と比較できない。カット
しただけの肉なら閉店間際の特価肉より安い。奥はハムやソー
セージの類いが長いガラスケースの中に種々さまざま、豊富に
客を待っていた。
初日の夕食を小さな台所で作ることを想定して、買った。野
菜をリュックサックに収めて通りに出ると、隣は酒屋だった。
居並ぶアルコールの瓶と値段を見てもその善し悪しの判断が
つかなかった。日本酒もある。しかし外国にきて日本酒を飲む
必要もない。ワインかウイスキーかと見るが、一本買ってもし
も口に合わなかったら困るしと、決断力に欠けた惑いの後、
「シェリー」の瓶が目についた。6〜4$(500〜300\)ぐらいだ。
本来ならスペイン産の甘口赤葡萄酒を称するのだが、これは地
元産だ。
「これにするわ。いままでに飲んだことないけど。」
かれはカウンターで支払った。5.95とあるから、10$でお釣
りを待つ。すると、4$とレシートとを返して、
「Thank you.」と事を済ます。
<なに、これ。>
かれはやおらレシートを確認する。確かに5.95の品に6.00が
支払われ、それで済みなのである。
「なんや、分からんなあ。向こうが勝手に四捨五入するのやぜ」
かれは通りに出てぼやいた。
数日後のことだが、二本目を買いにここへ来た時、棚を見な
がら一人の主婦と何でもない会話をした。彼女は数本の瓶を脇
に抱えて得意げに説明したのだ。
「これ、二本買えば得するのよ。」
かれはこんな「お買い得」方を初めて知った。だが真似よう
とは思わなかった。
街中を見ながら、ホテルに帰る。
夕食をこしらえても、時間がまだ早いし、おなかもすいてい
なかった。
「一時間ほど外を歩こうか。」
高速道路を架橋で越え、「紫桜」並木の下に出る。満開の下
の匂いがいいのだ。家の塀に這うジャスミン風の花も香りを漂
わせる。坂は急だが五官を楽しませながら登るからあまり苦を
感じない。
丘の上に出た。公園と称するものの通常のあり方ではない。
巨大なユーカリの並木と緑のスロープが広がる。歩けば左に、
パノラミック風景が見下ろされる。
初めは樹木の間から、進むに連れて次第にはっきりと、キン
グやクイーンが所有宣言をしたいと衝動した価値に換えがたい
眺めが、姿を露わにしていった。
<そう遠くないいつの日か、私は身体を憩わせることしか望ま
なくなる時が来る。その時きっとこの体験を回想するに違いな
い>
これはキングズパークからスワン河と街を眺望して得た心の
収穫だ。かれはこう旅日記に書いている。
このフレーズは、この時のかれの高ぶりを表現する言葉で、
もどかしいながらもこれがいいと到達した表現だった。友人の
手紙にも、かれの所属するクラブにもこの時得た表現の味を活
かして文章を作っている。
「ここええぜ。」かれは木の枝の隙間から見える眺望に感じ入
って妻に写真撮影を促した。
「ここ、ほら下の噴水も広い景色も、両方入れたらええ絵にな
る。」と構図まで注文に及んで写真を撮らせた。
「こんなええとこ、いつでも散歩できるんやでなあ。」と感じ
入ったが、<ここに住むのは最高やぜ>までは言葉にしなかっ
た。
丘の下には数本の高速道路が曲線を並行させ、緩やかに交え、
時に上下させて滑らかに車の列を走らせていた。その先の左に
は、いかにも現代都会の風情で数十階の高層ビル群がひしめき
立つ。中央はスワン河が広がる。河は、いわゆる河口湖で、丘
から見降ろす風景に河を感じさせない。湖か海の入り江を感じ
させる。そこに浮かぶあまたの船。つまり対岸を繋ぐフェリー
や観光船、岸に集まる色彩さまざまのストライプ。これはヨッ
トだった。右には陽光を豊かに受ける邸宅群の広がり。青い初
夏の空の下に生の絵はがきが胸一杯の清浄空気とともに広がっ
ていた。
かれは<ここなら移住してしてもよい>と感じた。それは、
いわば環境、自然、景色に対する初めての「生存」感覚であっ
た。
ホテルに戻った時には、それでも宵の暗がりが深まりつつあ
った。左前方の高層ビルに明かりが見えはじめ、もしもここに
サーチライトの光の帯が動いて交差するなら、アメリカ映画の
ニューヨーク場面に似通うものだった。
部屋で夕食が始まった。いつもかれらは二人で食事をしてい
るのに、改めてなんだかママごとみたいに感じていた。
潰したじゃがいもとサニーレタスのサラダと、香辛料の効い
た茹でソーセージとを前にしてシェリー酒を抜いた。
「そや、冷蔵庫に氷あったやろ?」
旅日記には、この食事のことを<食堂で食べるより美味かっ
た>と記している。
☆ |
☆ーくー☆ 引っ越しと移住と
☆ 朝食はトースト。チェックアウト。荷物を引きずって高速
道路の対岸のユニットに向かった。
鍵を貰い、エレベーターで504号室に入った。改めて室内を
細かく点検して、外出する時、フロントにこう要求した。
「包丁。パン切りだけでなく野菜など切る包丁が欲しい。爼
(マナイタ)ももっと大きいのが欲しい。それから鍋も。」
「わかりました。包丁と爼は、今日、午後用意します。鍋は二
つ、オーフンが入る時、一緒に入れます。」
長期滞在するには最初の出だしが大事である。
<台所よし!>と駅員の点検みたいに心中で叫んで、次の
「作業」に向かう。
CITIBANKだ。出入り口左の小部屋にATM(現金自動引き出し
機)がガラス越しに見える。かれはウエストバッグからカード
と操作説明書とを取り出して照合した。
ATMには三つのタイプがある。いちばん難しそうなのは入室
するにもカードを用い、操作過程で裏返しに使ったりするのも
ある。
かれは自分で操作しないことに決めていた。一か月ほど前ク
ラブの会報に、外国で操作した会員が現金引き出しに失敗した
にもかかわらず帰国後引きだしたように扱われていた、という
記事に注目していたからだった。
「ハロー.スキュスミー.」かれは受付嬢に挨拶した。
「アイムノットシュア、トウハンドルジATM.ソウ、ヘルプミープリーズ.」
「オウ、ノウプロブレム.」美人嬢は品良く応え、立ってモデルの歩行
で小部屋に入った。
「ヒアー、ユアカード.ーーユア、PIN NUMBER.--OK.」
嬢は PIN NUMBERのときだけ背を向けた。
そしてここまでは問題なく進行した。
「ワットアカウント?」
「え?」
「アム、ーーチェックアカウント? オー、セイビングアカウント?」<しまった>と思っ
た。この旅のために十万円を「普通預金」したのだったが、英
語で何と言うのか自信がない。
「ソリー.ウィコールイット"オーディナリーアカウント",インジャパン.」
「OK.ヒアー.」嬢は、かれにCHECK ACCOUNTを押すように教えた。
「アンドーーハウ、マッチ?」
「ワン、サウザンドーー」
「ダラース?」
「イエス、プリーズ.」かれは<これ、甘えた感じかな>とその時思
った。
やがて中で乾いた音が始まって、お札が出た。50$札で二十
枚だ。
「サンキュー.イッツベリーカインドオブユー.--アン、ーーキャナイチェンジ、スモールマネイ?」
「イエス.ーーオ-バーゼアー.」指さす先のカウンターで、50$札四枚を20$
札に換えた。
「Thank you.」と挨拶するかれに、
「アリガトウ、ゴザイマシタ。」とカウンター嬢が日本語を返
した。
通りに出て<両替よし!>と心中で点検する。
<次は、日豪センター>。
地図を開いて、目的地周辺を中心にして折り直し、右手に握
ったまま歩く。初夏の太陽はまぶしいが、直射の光を浴びなけ
れば暑くはない。かれの妻の表現を紹介すれば、パースには
「初夏の光の中を秋の風が吹いている」のだった。
モールを抜け信号を渡ったすぐの店の二階が日豪センターで
ある。応対したのは二十代後半かと思われる男の職員であった。
意外なことに常勤ではないという。
かれは売り家や貸し家の情報を得ようとした。しかし具体的
な情報はここでは得られないことが分かった。永住や当地の仕
事口についても同様で、不動産屋のことが話題に上った後、
「イミグレイション・センターっていうのが、ーーちょっとす
みません、(と書類を出して)ここ、Hay Street1260 にあり
ますから、そこで聞かれるのがいいでしょう。」と紙に、通り
と番地とを書いて渡した。
名前は、「カズで通っているんです。ほんとはカズヨシです
けど。」と言った。
お昼をやや過ぎていた。だが予定に義理立てをして、駅の北
側、つまりモールとは駅を隔てた側へ行った。地図に「チャイ
ナタウン」とあるからだった。歩くうちにかれの好みの一品料
理、コンビネーションを食べられる店があって、腰を降ろし、
リュックを外す。
「ドウユーハブ、ビアー?」かれは、外食で料理を食べる時、ビールが
欲しい。特に外国ではお茶や水が振る舞われないからなおさら
だった。
「レフトサイド.ユーーキャンゲット.」隣の店がアルコール類のカウンター
を丸くつき出す。
かれはビール二瓶とコップを手に、支払ってから姿勢を揺ら
さず戻ってきた。「8.20やった。」720\ぐらいに相当するから、
その時はまだ思うことなんかない。が、翌日の昼は3.60$、翌
々日は4.00$だから、経験が前後していたら非常に大きな、強
い感想を持ったかも知れない。
「わりといけるビールやないか。」ケースの向こうで夫婦が調
理するのを眺めながら、かれらは喉を潤していた。やがて料理
が仕上がる。
「わー。」盛りだくさんの驚きと喜び、いやもう一つの感情が
湧く。
「多いのと違う? 食べ過ぎ、栄養の摂りすぎやでえ。」と言
いあいながらも時々は皿を交換し合って賞味した。
満腹をさすりながら戻る途中に、中国人街らしい朱塗りの門
柱が立つ。
中は周囲に十店舗余りを擁するFOOD HALLだった。
「ええとこあるやないか。こんどこっちに来たらここで食べよ」
その下見のつもりで一巡すると、こっちの方が安くてしかも品
数が豊富にある。
さらに駅に近づくと、穀物などを置く食料品店があった。
まず米を見ると、幾種類もありながら短粒種がない。
「ピラフにするか」と長粒米を買った。値段は1Kで100\もしな
いのだ。かれの妻はピーナッツが大好きで、これも大袋からショ
ベルですくいだす。料理にはオリーブオイルの小瓶を買う。
リュックに収めるとずっしり肩に重い。<戦後の買い出しみ
たいだ>った。
駅を越え、モールのCOLESで野菜と香辛料の効いたソーセー
ジとを買った。
前日もだが、かれの買い方は他の主婦とは異なり、大きく買
わないのだった。
「プリーズ.」と白衣・白帽のおばさんを呼んでから、
「ディスワン,ファイブ.イエス,ファイブ.」と、その日の夕食分だけしか買
わない。だからおばさんは、<指ほどのソーセージをたったの
五つか>と疑問が湧くのだろうか、「ファイブ?」と問い返すのだ。
青野菜も玉葱もリュックに入った。本来なら帰って台所に収
納するのだろうが、時刻はかなり早い。
「移民局へも行ってみるか、せっかく教えてくれたんやから。」
とかれらは荷を背負ったふさわしくない姿で、お役所を目指すこ
とになった。
HAY STREETをずっと北上すればいいのだが、はじめて歩く道に
見当はつかない。モールを抜けた辺りで、コーヒーを飲むことに
して通りに面した店に入る。パン屋の雰囲気があった。
「カプチーノ、トウ.」
この地では、ホットコーヒーよりもカプチーノの方が安い。か
れにはこの方が有り難い。ただかつて他の外国で飲んだ生クリー
ムのフロートとはやや異なって、淡雪クリームが融けやすいのだ
った。それでも香りがいいし口当たりが柔らかい。値段は、一杯
が1.8$(150\)なら文句のあろうはずがない。外が見える席につい
て、すする時、先ほど貰った住所書きのメモを確かめようとした。
ポケットに、ない。リュックは、と、買い物を全部出して調べ
るが、ない。気持ちが穏やかでなくなってきた。
<落とした、盗まれた、いやどこかに紛れている>
せっかくのカプチーノの味もそっちのけで改め、探し、考える。
<まったく心当たりがないのに、ない。多分、年を取りたくない
とはこういう状態を言うのだろう。無意識の内に多くの失敗をす
るようになるのだ>
かれは老齢の自覚を敢えてして、探すのをあきらめた。そして、
つまらない思いをしながら半分以上もの残りのカプチーノを喉に
流した。
リュックを背負い直すと、つまらない思いが肉体に作用してか、
重い。
「イィヨイショ。」と声して、通りへ出た。
そして数分後、機内で隣りあった男に路上で出合った。
「うまくいってますか?」と男。髭にサングラスをしている。一
人だった。
「はい。街中を知ろうと歩いています。だいぶん分かってきまし
たよ。」など二三やりとりしてから、
「じゃ、楽しんでください。」
「ありがとう、バイバイ。」と、ここに住み慣れた友人同士の挨
拶のように言葉を交わして、別れた。
通りは次第に坂を上り、高速道路を越えてまぶしい彼方へと続
いていく。メモを失ったから通り過ぎても気づかない。不安にな
ってきたころ、ビシネスマンらしい人を路上で呼び止めて問うた。
「ほら、あの急勾配の屋根、黒いガラスの建物ですよ。」と要領
よく教えた。
一階には店舗が入るが、エレベーターで上がると、
「Department of Immigration and Ethnic Affairs」
とあった。
Departmentとは、政府機関の「省」を言う。また「部」「局」
を言うこともある。だから「移民局(移民と民族事情局)」と
でも理解しようか、とかれは思った。
☆ |