背景は、キングズパークから見下ろすパース市街
☆ーちー☆ 仕事
☆ 連日外出しては日を過ごすような生活が滞在のすべてだった
わけではない。かれは二十日余りを有効に過ごすために「仕事」
を持って来ていた。
原稿である。
旅日記を記すのは、後日、文章に仕立てる資料になるからだ
が、その他に、既に八分通りできあがった文章を、二編、コ
ピーにして持ってきていた。
午後のひとときや宵のくつろぎの時、かれはテーブルの上に
それを広げた。文章の部分表現を直す。いわゆる「筆入れ」を
していた。
一編は、「命の原点」とかれは認識しているのだが、生い立
ちに関わる原初の記憶を辿るものだった。もう一編は、老いて
精神活動薄弱になった人にハイテク産業が「福祉」をもたらす
が、これが社会に混乱をもたらすという、いわばSF的な未来小
説だった。
<ここはいい場所だ。ここなら仕事が出来る>と、かれは気に
入っていた。考えたり疲れた頭や目をいやす環境があった。宿
にいても、さてと顔を上げると景色があった。
かれの自宅にも、窓外に樹があって、実がなり小鳥が訪れる。
それなりに気に入っているのだが、この宿には、スケールの大
きな情景が備わっていたから、それがかれの心情に広く深いも
のをもたらしそうだった。
妻は、絵を描く。絵筆も顔料も、水の容器も持参していた。
だがかれが予想したほどは描こうとしないのだった。
「少々の時間ではダメなの。半日ぐらいないと。」と言うのだ
った。
滞在半ばを過ぎたこの日、絵を描くことになった。かれも描
く。
Narrows Bridgeを渡り、川岸の芝生の上の、直射のない場所
を木陰に定めた。
川向こう左上がKing's Park、下に大きな架橋が丘を支える。
右方は高層ビルが数十建ち並ぶ。それぞれに色が、形が、光の
受け方が異なる。岸辺の緑も道路の彩りの自動車も、捨てがた
い情景だが、画面の中に形としてとらえにくい。
構図を決めると、二人は無口になって事をなしていった。
時たま水上スキーがボートに激しく曵かれ、観光船が音も
なく下る。
親子三人がランチを持って近くの木陰に座りに来た以外は、
人との交わりもなかった。
凝った肩の筋肉を腕で振り解きながらかれが歩くと、釣り
人の捨てたフグが、半乾きになって草の上に転がっていたり
するのだった。
かれは絵の理屈だけを知っている。構図を考え、ビルを配
置したが、右から描いたビルと左から描いたそれとが、順に
描き進めるうちにつじつまが合わなくなって、いくつかのビ
ルを省略して画面に収めた。もちろん細かい窓なんか実体と
は少しも合っていない。
妻のは、大きな画面にゆったりと描かれていた。難しいの
はやはりビルの窓群で、実に細かく描いてあるものの直線が
ゆがんで見える。
昼でひとまず終えることにし、日当たりのいい住宅地の前
を舟着き場に向かって歩く。フェリーとただバスを経て、バ
ラック・ストリート、モールから教会前のFood Hallへと、
いつものコースを進んで、食事を済ませた。
その日、やや早い夕食をして、King's Parkを歩こうと、
ジャッカランダの並木の下照る坂道を八分通り登った辺りで、新婚
夫婦に会った。式直後のカップルだ。
この地の習慣は、韓国のそれに似る。ウェディングとタキ
シード姿のままで、記念になる外景を後ろに写真を撮るのだ。
通常見かける車よりも大きく豪華な車が二台停まって、カッ
プルが先に、続いて友人が二人、道に降り立った。カメラマン
はまだトランクから道具を降ろしている。カップルは、早くも
しっかりと繋りあって、花の下へと歩を運んでいた。
二人の幸せげで得意げな表情は、衆目の焦点にふさわしいの
だが、そこには観客も野次馬もいないのだった。
かれは即座に観客・野次馬・世間一般の役割を演じることに
した。
両の手をやや掲げながら、「ぱんぱんぱんぱんーーー」と拍
手を送ったのだ。
「Thank You !」花嫁は、婿殿の肩から顔を外し、声を上げて
応えた。
ジャッカランダの下照る姫と婿殿は、多分借り物であろう白いア
メリカのデラックス車に背を預けて、ポーズを決めていた。
「今日はこっちの方、歩いてみるか。」と、見おろす景色とは
反対の方へ進むと、深い森に進入する雰囲気があった。原生林
が残されているのだ。
大きな屋敷の裏だろうか、こっちは行き止まりだろうか、な
どと未知の境への不安感を弄(モテアソ)びながら歩くと、森に囲ま
れたテニスコートがあった。
「四面? いや五面? 鼓が浦のより大きいやないの。」
人が実感するとは、既経験の尺度で新経験を計量することな
のだ。
「そや。けどここは誰もおらんやないか。ウチらのはいつも空
いとらんで。」
この国のスポーツやレジャーは、日本で言えば、都会の満員
電車から辺地の第三セクターのワンマンカーを羨むようなもん
だ。
深入りし過ぎないように気をつけて、地の理が分かるとこま
で巡回してきた。
「あれが、銅像や。」
「記念碑は、ほんならもうちょっと先やね。」
たそがれが深まらないうちに開けた丘の上に戻れたのだ。だ
が、開けているから、冷気に襲われた。
<快い>と感じたのは一瞬だった。<しまった>激しい尿意が
首をもたげた。
「トイレないか。」と狼狽し慌てて見回しても、ない。
もしもここが勝手知る鼓が浦なら、雑草の茂みにも舟小屋の
陰にも、密(ヒソ)やかな営みの場を持てようが、異国にあっては
恥を知る日本人でありたかった。
ゴミを捨てれば高額の罰金を徴ずる国もあるから、野放しの
営みにいかなる罰がないとも限らないのだ。
かれは歩を速めた。いつもは目を、心を慰める風物や安らぎ
の家族の振る舞いへのみじんの関心さえも振り払い、丘を進み、
ジャッカランダの下照る並木坂を急ぎ下る。
エレベーターを脚踏みで待ち、ドアの鍵もどかしく目的の場
所へ突進した。
かくして思うに、人の精神活動とは、どれほど高度なものか、
あるいはそうでないかは、論議をまたない。
「一感損じて、万考尽きる」ものである。
☆ |
☆ーつー☆ ふくろうのサナトリューム
☆ 前夜のうちから起床を気にしていたためか、五時を過ぎてす
ぐ、目が醒めてしまった。
洗面する。すると左鼻腔から鼻血膿を排出した。夜中に耳鳴
(ジメイ)が高かったが、それと関係があるのかも知れなかった。
<不吉予感>
出発が7:30だから、早めにと7:10に、高速道路の対岸、Mount
Street Innに行くと、既に観光バスは来ていた。だが、本当
の出発はすぐではない。街中の各地を丁寧に回って客を拾い、
会社事務所前で車を整えてから出発するのである。
片道五時間、南海岸沿いに下る旅だが、日本人の参加はかれ
ら以外に一人だった。大抵の日本人観光客は、料金は倍額でも
「日本語ガイドつき」の旅をする。
イギリス人の習慣では食事の外に、
「Morning Tea」「Afternoon Tea」がある。かれの幼い頃、農
繁期の里に「こびる」が午前と午後に各一回あった。フランス
語には昼飯(デジョネ)に対して(プティ・デジョネ)がある。朝飯のこ
とだが、かれは「コビル」と認識している。
要するに、食間に休憩してスナックを食べる習慣は、洋の東
西を分かたず存在する。だが共通する「事」の中に異なる「何
か」が反映される。
この地の習慣は、ニュージーランドでもそうだったが、間食
がさほど「軽く」ないのだ。かれのような日本人には、朝飯を
省いていても差し障りがないほどしっかりと食するのだ。
バスは走って、人里を見なくなった。野は乾いたサバンナか
疎らな林が多い。
枝道に折れて入る。そこは第一の目的地、エミュー牧場だっ
た。
かれは、通常の牧場を予想していた。エミューもさほど珍し
い動物とは思っていなかったから、ビデオカメラの準備もせず
に窓外を見ていた。
いるいる。これはなみなみのものではない。成長度別に区切
る柵がある以外にこれといった施設はない。草木疎らな野に群
棲する走行鳥が、ただただバスの窓外の視野に絶えないのだっ
た。
やや林が密になって、そこに建物があった。
「ここでMorning Teaです。10:30までにバスに戻ってください」
「Until what time?」と、かれは確認する。聞き取りも確かで
はないし、人に迷惑を掛けまいとしてだった。仮に聞き取れて
いても、こうして降車する時、かれは常にドライバーに話しか
けるのだった。
「Coffee,please.」と注文して、次の菓子カウンターで
「This one. -? Yes,one.」と、一つの菓子を妻と二人で食べ
ることにした。
カフェーは、土産物売り場の一隅にある。飲み喰いのやすら
ぎの間に、革製品や卵を利用した置物などが、向こうの棚から
も壁からも目に入るのだった。
かれは、牧場に土産物があることに何の疑問もないが、探求
欲も所有欲も起こらなかったから、ただそれらが見えていただ
けだった。
観光客が憩う端に、大きなカメラや録音機らしいものを構え
る男がいた。かれが、食べ終える頃を見計らったように近寄っ
てきた。
「この土地の放送局、ABBですがーー」と言ったようだったが、
いきなりの英語でかれに聞き取り間違いがあったかも知れない。
「ーーインタビューします。」
「私に? 流暢な英語ではありませんから、うまくいくかどう
か自信ない。」
「かまいません。どこから?」
「日本からです。」
「エミューを、食べたことは?」
「ありません。」
「食べてみたいとは?」
「いえ、思いません。」
「なぜ?」
「うーん、(理由などないのだが)動物を殺すの、好きじゃな
いの。」
「土産に、何か買いますか?」
「いえ。」
「なぜ?」
「かわいそうです、エミューが。」
「ありがとうございました。」
これがインタビューのすべてで、男は別の客にマイクを持っ
ていった。
牧場の説明係が、入ってすぐ、エミューの肉はコレステロー
ルが少ないから、食肉して肥満しない、と言っていたのを、そ
の時改めて認識した。
<インタビューとはいえ、宣伝材料なのだ。食べない、買わな
い客を取材しても電波に載るはずない>かれは遅蒔きながら理
解したのだった。
昼食は、「Eagle Sanitery」と粗末な看板のある森の中の施
設でだった。猛禽類が金網の中に、似合わず静かにしていた。
説明の英語も難しい。説明係りのそばに近寄っても、半分も理
解できないのだった。
三つ目の檻にフクロウがいた。時計のようにかわゆく身を立
てる。よく見ると写真機のレンズよりもよく見えそうなトビ色
の眼が左右で異なるのだ。
<義眼だ>かれは発見の驚きを、次の檻に移ろうとする説明係
りに向けて表出していた。
「ほんとうの眼ではないね?」
「はい。交通事故で半身が損なわれていました。」手で顔の半
分を削ぐ所作をして答えた。
こう聞いて、理解の遅いかれにはまた、はっとするものがあ
った。
<文明が、特に自動車文明が命を破壊している>
昼ご飯も、サナトリウムの資金稼ぎのはずだと意識するから、腹に
も精神にも充足感がもたらされた。
食後の時間に、男が鷹を操った。手首まで覆う革手袋をはき、
腰袋の肉片と口笛とで巧みに鷹を手なづけている。一技のたび
にことばも面白く説明をする、らしい。客がどっと笑うのだ。
だが、かれは笑えない。伏せ字だらけの発禁書よりもっともっ
と分からない。韓国の新聞の漢字だけで内容を想像したり、香
港の新聞を分かる漢字で憶測するような程度だっただろうか。
「---Anyone ?」と促すと、客が数人並んだ。最初に一人が、
樹木が移動するごとくしずしずと近づく。右手に革手袋。男の
一メートル横に立って腕を伸ばすと、男は促し、鷹が客の手に
止まる。順にこういう体験をする。
かれも列に加わった。
「帽子をとってーーー。眼鏡を外してーー。」と男が注文した。
かれは気分まで樹になって静かに進み、腕を差し出すと、す
ぐ鷹は自らかれの手に乗った。鋭い眼も鋭利な嘴(クチバシ)もりり
しく、しかし柔和にかれに向けられていた。
終わっても樹のように退く。
「鷹が気に入ってくれたんやなあ。」人によっては警戒するの
か、何度か促されてやっと移り、数秒で戻ることもある。かれ
は嬉しかった。
原生林に分け入り、木漏れ日に浴する。大木は「カリー」と
称するが、ユーカリやサルスベリの仲間と見た。海岸に出れば、
どこまでも小径があり、波の上にはウンドサーフィンする人も
いる。ドライバーは、時々はドルフィンが岸に寄るとも言った。
バンバリーの街中を走った。かれが、農園付きの売り家を聞
いた時に想像したのとは大いに異なり、可なりの街だった。
走りに走って日が暮れた。十二時間に余る旅は、バスでドラ
イブを楽しむ感じだった。バスの灯光が樹木を照らすばかりの
走行が続いて、やがて彼方に高層ビルの街明かりを見ると、か
れに安堵感が訪れた。
8時をかなり過ぎて宿へ帰り着いた。
二人が台所に立ち、サラダを作り、蒸し焼き牛肉を切って、
夕食を撮った。
その翌日、身体の調子が良くなかった。鼻の血膿が災いして
いるように思えて仕方がないのだ。<左の鼻腔から出たのだか
ら左脳に異常があるんだ。もしそれなら右腕に麻痺を来すに違
いない>そう思う。思いが事実にさえ思えて、右腕に何度もさ
わって感覚を確かめた。
<運動するのがいいかも知れない>と、街中へ出るのに West
Perthへ向かって遠回りをした。日差しの中を、他家の庭園を
いちいち観察してあるくような歩の運びようで、駅に着く。一
駅はフリーだからパースで降り、例の穀物屋に寄った。
曲玉(マガタマ)みたいなピーナッツと米とを買った。
街の賑わいの中にピアノを出し、弦を露出して激しく楽しく
演奏する男がいた。曲はジョフリンのラグ。器用に左手を運び、
気分を弾ませる。聴く者も足腰でリズムに合わせたくなるのだっ
た。
昼飯は、美味しいはずの料理だったが、かれの心に張りがな
かった。銀行に寄って100$引きだしたが、明細書が理解できな
かった。残高が多すぎる。宿で詳しく換算してみたが、覚えの
ない高額のお金が残っているとしか読めないのだった。
King's Parkに登る。妻が絵を仕上げる。かれは邪魔にならな
いように振る舞いたいが、一人を放っておいて他へ行くわけに
もいかないので、傍らに腰掛けて、かれの所属するあるソサエ
ティーへ文章を書いた。二時間ほどで、この地を語る文章が成
ったが、妻はまだ水彩を施していた。
☆ |
☆ーてー☆ ピナクルズの石柱
☆ 西岸を北上する旅の日だった。
やはりMount Street Innでバスに乗ると、前回と同じドライバ
ーだった。この国は顔見知りになるのが早い。
客を拾い回る間に、ホテル前へなかなか出てこない老夫婦も
あった。待ち時間のつれづれに、
「一昨日は12:30、きょうも12:00。ずいぶん長時間の勤務です
ね。週に何日?」
「週に四日ですよ。」
「長い旅で疲れるでしょう?」
「いや。これは長旅ではありません。」
「え?」
「三日とか五日とか、あります。」
二晩夜行で乗って朝、麓の町からエアーズロックへ行くとい
う旅もあった。山上が半日だから、往復で五日間になる。
運転しながら饒舌にアナウンスし、ランチの準備や片づけを
したり、現地で徒歩観光する時には、現場で見張りを兼ねた解
説もする。服装もそれを連想させたが、軍の下仕官がごとき風
格を持っていた。
北上すると、森は少ない。広大な枯れ草の野原かと見たら、
麦畑が今、刈り取りを待つのであった。
ダンダラガンというTownに着いた。「町」「村」「集落」の
いずれも表現にふさわしくない。広い野の中に少しの森と人家
の数十戸が建ち、townと呼ばれる。
数面のテニスコートに婦人が賑やかにプレイする。傍らに体
育館ほどの建物があって、「Morning Tea」のために中に誘われ
た。玄関のプレートに「Community Centre」と金属の文字が入
るから、公民館だ。
管理人室の一隅に六十年輩の婦人が顔を出し、客を待ってい
た。
このタウンの婦人連が手作りケーキを用意し、Caffee & Teaを出
す。3.50$(280\)で好きなケーキを小皿に取り、喫茶する。三種
のケーキのどれも選び分け難く賞味欲を誘うから、皿に三つを
盛ってきて、席で食べた。
お代わりをする人もいる。かれも真似て、今度は一番美味し
かったのだけ二切れ皿に盛って来た。取る時、同じくお代わり
する中年女性と笑みを交わす。
「おいしいね。」
「大好き。」
まだ欲しいが、バスの旅は長いので食べ過ぎは慎まねばなら
ぬ。すでに常時の量をはるかに凌いでいる。
カウンター内ではいつのまにか婦人が二人になっていた。皿
を洗う方は娘らしかった。
「この村は(かれはそのときVillageと言った)、女性ばかりで
すか?」
変な質問だが、清らかな宗教集団の村のようにも思えたから
だった。
「え? どうして?」
「男を一人も見なかったし、外のテニスも婦人ばかり、ここも
婦人。」
「レイディランドなんかじゃありません。男は、外の畑です、みん
な。」と朗らかに笑って応えた。
かれは妻に報告した。
「男は外で百姓仕事やて。旦那を働かしといて、ヨメはん、テ
ニスしとんのやなあ。」かれは質問したことを説明せずに回答
だけ翻訳するから、妻には言葉がなかった。
<男は損やなあ><でもまあ、そうせんと嫁に来んのかも知れ
ん>と思いはしたが、言葉にはしなかった。
広大な野にも起伏がある。スケールの大きい地面の波だ。そ
れが畑でもなく牧草地でもない。だが荒れ地とは呼びたくない。
手つかずであるだけなのだ。
特にある部分では、はっきりとグリーンの地帯にして、道路
の脇に延々と保存してあった。もちろん動植物を保存するのだ
が、草花すべてが珍しい。色も形も、特別な植物園でしか見な
いものばかりだった。見た感じと触れた感じとが大きく違った
りもする。
ドライバーは、走りながら「左前にエミュー」と言って、ス
ピードを落としたりする。どれどれと探すと、身体はブッシュ
に紛れて首だけを持ち上げている。
鮮やかな黄色の中型樹木があれば、「オーストラリアのクリ
スマスツリー」と説明する。そして、バスが緩やかに止まった。
前数メートルのところを緑色のトカゲが、三十センチほどの身
体を反らしぎみ道を横切る。「まだこどもだ」と言うが、結構
威厳があって、ガリバー国の恐竜に見える。
湖か湿地かは分からぬ所でバスから降りた。
浅い水に庭の飛び石の固まりぞこないのようなものが幾つも
置かれてあった。
看板に説明があった。「Lake Thetis」。下の文章を読む。
分かったことだけを繋ぐと「三十五億年前、太古の海に原生生
物Stromatolitesがいた。それが地球上に酸素を作りだし、今日
の生物界の誕生を可能にした。この石は彼らの群生体だ」とい
ったようなことだった。
<へえ>と感じ入って、冴えない飛び石の数々を改めて見直す
のだった。
昼飯だった。
ドライバーは、食堂の厨房からではなく、バスの下腹から巨
大なコンテナーを運び出し、テーブルの横の台に載せた。中は、
数々のタッパーに入った料理や大小の皿、パンとクロワッサン、
紙パックのジュース等々だった。
乗客も、そういう事態に慣れているらしく、順に皿を持ち
「堂々巡り」で膳を整える。この形式を「ピクニック・ランチ」
と言うのだ。
かれと妻は、ローストチキンやサラダを取った。キュウリの
ピクルスが酸味快く輪切りにされて和えてあった。
<こんなご馳走なのに、酒ないの?>かれは不満だった。しか
し客のどの紳士もそんな顔をしていない。真面目に「栄養」を
摂取しはじめる。
「見てくるわ。」と売店へと立って、「Do you have,--beer?」
「Yes.」と飲物のケースから冷えたビールを一缶出してきた。
これでお昼も美味しいのだ。
見ていると、食後の作法にもいろいろあった。一人は骨だら
けの皿をそのままかれの脇に置いて、売店の方へ立っていった。
またある者は、二人前の皿を持って、食べ残りを用意された大
缶に始末し、テーブルに重ねてからいく。おおむね作法はよさ
そうだった。
最後にドライバーが、皿をコンテナーに戻し、残ったタッパ
ーの料理も捨てずに仕舞い込んでバスに入れた。
ピナクルズは砂漠だ。砂漠に石像のような石の幹が無数に立
つ。見ようによっては森林跡が砂漠になり株が化石で残るよう
でもある。。
降りて、砂漠を歩く時、かれはドライバーに聞いた。
「何から出来たの?」車中で既に説明があったに違いないのだ
が、構わないのだ。
「いろんな考えがあるのです。ーー」考えるふうに言いはじめ
た。
「ーー確かなことは言えないのですが、木の根が地中に残って、
それを元に石が成長しました。」
「シリコンとかカルチュウムとかがくっついたの?」
「え? はい。カルシュームですね。」英語らしく言ったつも
りなのに、英語の発音は(カルシウム)だった。
「ほら、だから、石柱の先端を、ずーっと見比べて、ーー地面
の感じが残ってますね。」
砂漠の広がりにも地面の波があるように、石の先端も滑らか
な曲面を形作っている。
「あの向こうに丘がありますねえ。あそこを目指して行ってく
ださい。」
砂漠の真ん中の丘の上に人が上がっていた。
歩きながら、バス客でない日本人、三人に出合い、話した。
一人はこの地に住み、二人は日本から来た友人夫婦だと言った。
「今夜はバーズウッドに泊まります」と奥さんが言った。そこ
はカジノもあるこの地ナンバーワンのホテルだ。
帰りの道では海岸に寄った。セルバンテスの海と言う。
砂が異常なほど白いので、質問をしようとして、乗客の一人
に「Coralでしょうか?」と問う。
「??」質問の意味が分からないのか、まさか珊瑚ではあるま
いと言うのか、いや砂に決まってるじゃないかと言うのか。
そこへドライバーが寄ってきた。
「これ、本当の砂?」と聞くと、
「いいえ。貝がいてね、Shellってわかる? その貝が割れて、
年を重ねて白い砂を作るんです。」
ほんとうに白いのだ。ビニールゴミなど一つもない砂浜に、
波が白布を広げては引く。それを受ける眩しいばかりに白い砂
が、大きな地面の弧を連ねてインド洋を清らかに縁どる。
裸足になりたい気持ちを抑えて、バスに戻った。
☆ |
☆ーとー☆ シーフードならこれ
☆「そろそろドルを残さんように使わなあかんなあ。」
「このままではちょっと足らんし、交換する時、し過ぎやんよ
うに気をつけなあかんに。」
木曜日の朝、二人はまずCitibankを、次いで、Common Wealth
Bankを覗いて、レートを見た。
フィルムを現像に出して、William St.のバスセンターに来
た。
この地に「Scarborough」と称するリゾート地があって、サ
イモンとガーファンクルの「スカボロフェアー」と関係があるのかと、
日本人にもオーストラリアンにも数人尋ねたが、いずれも確かな答えが
なかった。
だが、大まかに言えば、ここの地名には二種あって、現地ネ
イティブものと出身地借用ものとがある。いや、もう一つある。
開拓にちなんだ人名や事柄に因るものもある。
「--dale」「--ford」「--ington」がイギリスから、
「subiaco」「sorrento」はイタリーから、「cervantes」はス
ペイン系だろう。ともあれここは本家のスカボロではないのに、
土日にはフェアー、市が立つというからややこしい。
三番乗り場からバスに乗り、終点がScarboroughだ。
海岸へ降りた。ここの白く豊かな砂の盛り上がる浜が、左右
とも見える限り続いていた。波は穏やかなように見えて高い。
うねりが寄せると高波になった。
それを利用して波乗りをする。見ているとそううまくはない。
ここで練習して、どこか難しいところで大波にチャレンジする
のだろうか。
浜の散歩を楽しんで、海沿いの道路に上がると、宿泊施設が
豊富にあった。
その一つをよく見ようと近づくと、客が居そうになく、しか
も「売りもの」の立て看板が、連絡先の電話番号とともに掲げ
られていた。
豪華なホテルがあった。「売る」ともあるので、入ってフロ
ントの若い女性に尋ねてみた。
「はい。部屋を売ります。けれどもここでは部屋を予約するだ
けす。で、買うのでしたら、こちらの方へ電話をしてください」
と、パンフレットを出した。
ホテルとマンションが同時に成り立っているのだった。
再びバスに乗り、海岸を北上した。
途中、Stirling でバスを換えて Hillary Boat Harbourに来
た。
辺りは荒涼とした野に潮風が当たるだけだが、海のその部分
だけが賑やかに施設があった。
周辺を鳥羽口で囲まれた池のような港の奥は、小さく砂浜が
海水浴客を待っている。周辺の建物には、食堂や売店など大き
い店が華やかだった。かれらが施設に入った時、二十人ほどの
小学生が、芝生の上で先生の注意を聞いていた。先生が、名前
を呼んでは何か渡す。同じ赤い帽子を被った男女の児童がかわ
いい。
お昼だった。最初に入った食堂は、大きすぎて、ウエイトレ
スに「魚が食べたいのだがーー」と言っても、メニューを記し
た印刷物で示すだけだった。
先へ進んで、一食堂を選んだ。
料理名の掲示が大きい。「Chili Mussels 12.00」とある。
ボーイを呼んで、「これって、どういうさかな?」と聞いた。
「こちらへ。」と、魚のガラスケースに連れていき、
「これ。」と指さす。
ムール貝だった。日本では淫貝(イガイ)と言う。
「どうやって料理するの?」
「オーブンで蒸して、チリ・ソースで味付けます。」と答えた。
妻は、牡蛎フライを注文する。これは16.00と書いてあった。
ここは海のリゾート地で、客はレジャー、観光、ドライブ中
の休憩など、各々が生存をエンジョイする人ばかりだろうから、
これらご馳走の値段が普段のFoodHallのそれらより少々高めで
も何の疑念もない。いわんや日本のそれらと比べれば感想をも
らすだに常識を疑われよう。
日本円ならかれのは960\、妻のは1280\に過ぎない。
<遅い>料理を待つ客は他に一組しかいないこのシーフード・レストラン
の動きが見えないので、かれはじれてきた。
珍しいことに水や氷、パンなどが自由に取れるようにしてあ
った。
かれはビールを求め、ケースからなるべく冷えたのを取って
きたが、一本は凍り付いていたので、
「--frozen. Can I change?」といいながら早くも別のを持つ。
「Sorry.Sure.」と答えるものの、さほど申し訳なさそうでもな
い。
まだ待たねばならなかった。二人で話すこともそうはない。
外のクルーザーや水に浮く鴎を心なく眺めていた。
「きたに。」妻がかれの意識を戻した。
「おう!」かれは思わず声を挙げてしまった。
ボーイがスチール製の、いわば洗面器みたいな容器に、それ
よりやや小さいのを蓋にかぶせて持ってきたのだった。
蓋を外す。美味しい香りと視野をかすめる湯気がほの広がっ
た。
「ええ? こんなに?」
決して大げさに表現するのではない。洗面器に黒々、累々と
大貝が重なり、トマトケチャップらしいものが無造作に、また
たっぷりと掛けられいた。
「こんなによう食べやんわ。」と、箸がないから、フォークと
時には指の助けも得て二人は口の中へ片づけようとした。また
貝も大きいのだ。身だって牡蛎の大きいのほどあった。
「わたし、もうじきフライが来るやろ、そんなに食べれんわ」
「オレ、挑戦する。」
牡蛎フライも出された。「ウワッー。」と、今度は妻が声を
挙げた。
皿が大きかっただけではない。フライの数が多いのだ。
「一二三ーーー、十六もあるッ。」驚き、喜び、いやそれを越
えて複雑な感情まで醸される。
「オレも数えてみようか。」と、かれは蓋に入れた殻から始め
て、ソースにまみれる底まで、ガラガラとフォークで数えた。
「五十あるわ。」
二人は食べに食べた。そして、飽きることがないから、途中
で撮影した以外は休まなかった。
「食べたやないか。えらいもんや。」と、偉業成就?に感心す
る。
終わって、そろそろ出ようとする気配を、どこからか見てい
たのか、コックがテーブルに近づいた。
味はいかがでしたか、と聞くためではなかった。
「?????ースクイッド?」と、もう一皿、差し出した。イカがリング
揚げになっていて、ゲソも同様に調理されてあった。 ほぼ槍
イカ一尾分と思われた。
<注文してないよ>と一瞬言いたくなり、だが、サービスだと
気づいて<何と言うべきか>とコックの顔をみた。髭が上唇に
そろって、眼が「友好的」に微笑んでいた。
「We love it.Thank you.」と謝して、皿を受け取る。
コックは、多分シェフだろうが、卓上塩を掛ける真似をして、
去った。
二人は、本当は満腹し切っていたのだったが、好意に報いる
ためにも、最後の一リングまで、塩を濃めに掛けたりして、平
らげたのだった。
「今度は、ほんとに終わり。」と、コップに水を取ってきた。
そして飲む寸前、またシェフが来た。盆にはフルーツポンチな
どの容器が二つ、それぞれドロップのような丸い氷を満たしい
る。例の、卵型で柄長のスプーンまで添えてあるのだ。
<なんたる好意、細やかな関心>と驚きながら、
「オオ、イッツベリカインドオブユウ.」と謝辞を述べて、しかし今度は飲み
干す訳にはいかない。
「そやけどさ、これ、チップするのやろか?」
「どやろ。でも、この国、チップは要らんて書いてあったやな
い?」
かれらは、好意に報いるに言葉ですることにした。
「アリガトウ、サンキュウ、ーーー」と、エプロンさんにもボーイに
も、もちろんシェフにも声を飛ばして、出た。
「あんなサービスってなんやろ?」
「ここまで来ると、日本人、珍しいのと違う?」
バス停は、寂しげな風景に向かって、ベンチと風よけを立て
る。
二人は、バスを待つ間、食事のボリュームと店の好意とを話
していたのだった。
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