「で」

「はい?」

「遅刻しそうなわけだが」

「はい」

「君はメイドだよな?」

「…はい」

「俺のメイドに関する知識が間違っていたのだろうか?てっきりご主人様に目覚ましは必要ないと思ったのだが」

「全くもって仰るとおりです」

「じゃあどうして俺は遅刻しそうなんだろうか?」

「目覚ましの代わりであるメイドの部屋の目覚ましが、指定時刻にセットされていなかったのが原因と思われます」

「なるほど、この現状で君がまずするべき事は?」



「ごめんなさい!」



僕とメイド 第三話 昼下がりのおはよう



鮮やかな昼下がりのベランダで、俺は今だかつてないほどクールにコーヒーを飲んでいる。
いや、むしろCOOLか。
しかしこれほどゆとりを持ってコーヒーを飲んだ事があるだろうか。

今、時計は13時を指している。

「転校初日のアクションとしては秀逸だな」

「ご主人様!学校はどうなされたのですか!?」

芹菜のご出勤だ。
彼女は本日付の出勤のため、昨日は近場の友人宅に寝泊りし、荷物とともに今付いたところだ。

「いや、起きたら12時半でね、朝昼兼用のご飯を待っているところだよ」

「12時!?なのはや志乃美はどうしたんですか!?」

「なのはは学校があるからと昨日の晩に帰ったよ。志乃美は俺が13時に起こした」

芹菜は大きく肩を落としている。
そりゃそうだ、給仕する主人に起こしてもらうメイドを俺は聞いた事がないし、芹菜も聞いた事あるまい。

「ちょっと様子をみてきま…」

「ご主人様ー!届きましたよー!!」

「おっ、思ったより早いな」

満面の笑みで志乃美は机の上に“昼ごはん”を置く。
そこには二人分のピザがあった。

「じゃあ、いただきます」

「いただきまーす!」

「志乃美!いただきまーすじゃないわ!」

ここまで来てやっと芹菜が叫んだ。
そりゃそうだ、寝坊はする、主人に起こされる、しまいにはデリバリーピザと来たもんだ。

「まぁまぁ、ピザを頼むように指示したのは俺だし、今日はもう学校に行くつもりもないしな」

「と言っても、メイドが食事一つ満足に作れないようでは」

「時間も材料も初日で何もないし、二人して腹減ってたから。芹菜も怒ってないでちょっと座れ。志乃美、お茶」

「はい」

「ご主人様は食べていただいて構いません、私は志乃美と話があります!」

「志乃美の食事の妨害にならない程度で頼む」

「…もう、後でいいです!」




ほーほけきょ

「真夏日に なにゆえきたか ウグイスよ」

「あら、俳句ですか?季語が二つも入って、しかも春か夏かわからないですね♪」

「芹菜か、志乃美のお説教は終わったのか?」

「ええ、まぁ」

随分と落ち込んでいるな、普通は怒られた側が落ち込むものだが、芹菜は真面目だからな。
とまるでもう長年の付き合いのような俺凄すぎ。

「誰にでもミスはあるさ、最初は大目に見てやろうぜ」

「ええ、ですが少し気になる事が…」

さらに芹菜の顔が暗くなっていく、まさに管理職の顔だな。

「気になる事?」

「いえ、きっと私の思い過ごしだと思いますので」

気になるなぁ…

「ごしゅじんさまー!」

「どうした、非作動目覚まし」

「あぅ… なのはちゃんが帰ってきましたよ」

漫画風に言えば Σ を顔につけた状態の微妙な顔だ。
初めて会った時に気づいたが、コイツはかなりイジメ甲斐のある奴と見た!
今後は芹菜をメインに、志乃美をボケ担当で配置していくかな。

「そか、じゃあ夕食の時でも色々決めないとな」




〜夕食〜

たった数十分の間に、志乃美の顔はまさに七変化とも取れる変化を見せた。
1.なのはの料理を見て驚く
2.なのはの料理を食べて、さらに驚く
3.なのはに「どう?プロのメイドさん」と言われてすっごい不機嫌な顔をする
4.自分の料理をありえない笑顔で出す
5.自分の料理を食べている人を見て、驚く
6.目に涙を浮かべて、俺に感想を求める

「あ、ああ…甲乙付けがたい味だよな…」

「ホントですか!?」

と耕一さんなら言っただろうが、俺には無理だ。
真実を歪める事ができない。
もし彼女の事を思うなら、真実を伝えるべきだ。
むしろ褒めて今後も出されたら、死ぬ。

「な、わけねぇだろ!何だよ、この産業廃棄物!!」


「は、はいきぶつ〜!?」


「ぷっ、くっくくく…」

「ご主人様、あまり言いすぎ…でもありませんわね」

「俺はギャルゲーの主人公並みに優しいのが売りだが、これは無理だ!全知全能の神でも擁護でないぞ!むしろ大罪として罰するわ!」

「そ、そんなーひどいー」

「ちょ、説明しろ!これなんだ!」

そして俺が指を指したのは、緑色の喪が生えた排水溝の液体がかかった、白い石の丼だ。

「カレーですよぉ」

「か…」

「カレー?」

「志乃美…貴方、本気で言ってるの?」

バカなッ!今の今まで生きてきて、白いカレーは見た事あるが、緑のカレーなど見た事ないぞ!つーかこれ米?

「じゃあ、これはなんだ?」

俺は黒い岩石を指差した。

「カレーと言えばハンバーグは定番じゃないですか〜」


俺 どうみても石炭です、本当にありがとうございました。

な カレーにハンバーグって、上に乗せるものじゃないの?

芹 面白そうね、後でレシピを聞いてみましょ。


「そうか、定番だな。ハンバーグだったら!」

「ふぇぇ〜ハンバーグ以外の何物でもないですよぉー」

「最後に…」

飲むのを躊躇う白い液体…臭いが凄い。

「志乃美さん、何時の間に薬物練成を覚えたのですか?」

「えー?それは牛乳ベースのスープですよー 牛さんの乳にバターとクリームを混ぜて、塩で味を調えた…」


これを飲んでから言っておくッ! 俺はこの飲料水らしきものをちょっぴりだが試飲した!
い…いや…試飲したというよりは全く理解を超えていたのだが… あ、ありのまま今感じた事を話すぜ!
『俺はコレを劇薬だと思って泣きながら飲んだら、牛乳だと断言された』
な…何を言っているのかわからねーと思うが俺も何を飲まされたのかわからなかった…
舌がどうにかなりそうだった…何故スープがコップに入ってるだとか、乳製品を混ぜただけなのに目に沁みるだとか
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしい汚物を味わったぜ…



「そうか…志乃美さん」

「はい?」

「ここで最も重要な決定事項を発表します」

「何でしょう?」

「貴方は今後、清掃を除く台所での作業を禁止します。もし台所に用もなく立ち入った場合、即刻契約を打ち切ります」

「えええええええーッ!!」

「異議ある人は挙手をお願いします」

もちろん誰も手を上げない。
むしろなのはは笑いが止まらずに転げまわっている。

あっ、挙手してる人がいた。

「はいはいはーい!異議ありですー!!」

「志乃美さんの異議は却下されました、では満場一致でこの条例を可決します」

「なんでですかぁー…」



こうして屋敷の夜は更けていった。




「いやいや、まだ更けたらあかんがな」

おおっと、つい関西弁が出てしまった。
今日は役割分担を決めねば。

「で、俺はメイドの仕事がイマイチピンとこないのだが、役割の分担はどうするんだ?」

「そうですね…本来ならば、まずはメイド長の選定と、職務を分担にするかローテーションにするかを決めるべきですが…」

志乃美が食事を担当できない以上、ローテーション方式には無理があるな。
なのはも料理が上手なのはわかったが、他のメイドの仕事に適しているかどうかわからないしな。

「ご主人様のお考えは間違いじゃございませんが、三人で完全に固定してしまうのは少し難しいですね」

「なるほど、人数の問題か」

「後は出来る業務によります。例えば私のような完全担当型なら問題ありませんが…」

「完全担当型?」

「あっ、一般的にはオールワークスと言われている、ようは何でもできるメイドです」

「ああ、そうか。芹菜はオールワークスなのか、やっぱり凄いな」

「いえ、そんな…」

照れてる芹菜モエス(*´д`)ハァハァ

「ふーん、じゃあ私もオールワークスだね」

芹菜タンハァハァ…ハァ?何言ってんの、このコギャル。

「なのは、料理が上手いのはわかるが…」

「じゃーん!」

そう言ってなのはが見せたのは、メイド検定試験オールワークス準1級合格証明書だった。

「うおっ!」

「えええッ!?」

「あー やっぱり」

衝撃だ、むしろなのはがオールワークスの証明書を持っている事より、そんな検定があったのかって事より、芹菜の反応が衝撃的過ぎた。

「芹菜さん?やっぱりって…」

「最初に電車の中で話をしていた時から感じていたのですが、なのはの出身ってあの佐川家でしょう?」

芹菜曰く、佐川の人間は幼い時から女性はメイド、男性は執事としての教育を施される。
これは佐川家が優秀なメイド、執事を輩出しているだけではなく、本人が別の人生を歩んだ際も、最低限のマナーとして社会に出るために、必須教育として行っているのである。

「えへへーばれてましたか。でもここにはホントに住み込みのつもりじゃなかったんだけどなー」

「異端か」

「異端ですね」

ようするに“メイドとしての教育は受けたものの、メイドになる事を拒み、とりあえずスキルを生かしたバイト”感覚だな。

「大当たり〜!」

お前ら、さっきからニュータイプか?

「芹菜さんは何時気が付いたの?」

「うーん、電車の中の会話もそうだけど、歩き方や料理を作っている時の仕草。それに“メイドの仕事を嫌がっている割に、ご主人様をご主人様と呼ぶのが早すぎるし、違和感がなさ過ぎる”のが理由かしら」

「なるほど、じゃあ何で最初にあんな態度をとったんだ?」

そうだ、最初に屋敷に来た時は、明らかにメイドとして素人の素振りをしていた。

「それはね、本当に本格的なメイドの仕事じゃないって思っていたのと…」

マジで契約書読んでねえのか、この茶髪(´Д`;)

「屋敷に来た時に見慣れた人がいたので、ちょっとおちょくってみただけよ。ねぇ、獅子の守神さま♪」

「…ッ!」

ずっと黙り込んでいた志乃美が微妙に反応した。

「なのは、獅子の守神って?」

「佐川は所詮、歴史の浅い日本の範囲内での名門。でも獅子神は違うわ」

そう言ってなのはは、にやにやしながら志乃美を見つめる。

「過去に幾度となく、世界レベルでの優秀なメイドを育成し、世界中から派遣依頼の絶えない、プロ中のプロ集団」

「私も聞いた事があります…ただこんな身近に実在していたなんて」



「それはそうよ、本来なら日本に実在するはずがないもの」



ついに頭のネジが抜けたか、茶髪。
目の前にいるジャマイカ。

「話は最後まで聞いてくださいよ〜」

ああ、すまん。ニュータイプ。

「獅子神のメイドは本来、欧州の貴族や英国の王室など、もっとレベルの高いところへ派遣されるものよ」

悪いな、レベルが低くて!(`Д´)

「この子は一緒にオールワークスの試験を受けていた。名門の子よ?嫌でも話題になるわ」

「…もういいでしょ」

「その獅子の守神が、たかがオールワークス1級の一次試験で敗退。そりゃ有名になりますよね」

「もういいじゃないッ!そうよ、私は出来損ないよ!獅子神家出身のくせに、一次試験も受からなかったダメメイドよ!」

略してダメイド…

「なのは、貴方言いすぎよ?」

「何でー?事実だしぃー」



暫くの沈黙が続いた。



「いいか?ここで、二つ大きな問題がある」

全員がこちらを振り向く。
それもそのはず、俺は何時になく真剣な顔をしているからな。

「名門獅子神家の志乃美がここに来たのは、志乃美がダメイドだからここに来たのか」

(芹菜さん、ダメイドってなに?)

(ダメなメイド、略してダメイドじゃない?)

「もしくは、“そんなトップレベルの貴族しか雇えないメイドをうちが雇った”のか?」

「ご主人様〜もし後者だったらもの凄い詐欺ですよ?」

「なのはッ!」

「そして!」






「悔しくて泣いてる志乃美、モエス!! (*´Д`)ハァハァ…ウッ!!」




しーん…

そうして火乃守家の二日目、全員集合初日は過ぎていった…




僕とメイド 第三話『昼下がりのおはよう』