「良い天気ねぇ、こんな日は洗濯物も早く乾いて助かるわ」 僕とメイド 第七話 芹菜の不思議なシルバーランス 「よいしょっと」 洗濯カゴを置くと、今日も私の一日が始まる。 なのはが学業で抜けるために、二人で屋敷を管理しているのだけど、まだ志乃美は戦力外なので私一人でまかなっているようなものだ。 「芹菜さーん!」 玄関から志乃美の大声。 彼女の元気さは見習いたい。 そうして私も大声で返事を返す。 「どうしたのー?」 「こ、これを見てくださーい!」 彼女が見せた物は、山吹色の古風な鍵だった。 どことなく歴史を感じさせる鍵には、取っ手に炎の紋章が刻まれていた。 この紋章… どこかで見たような? 「ずいぶんと古風な鍵ね、どこにあったの?」 「裏の倉庫を片付けていたら、天井から落ちてきたんです! 天井に紐でくくってあったみたいですよ」 志乃美はかなり興奮気味だ。 彼女は探検や捜索などに興味があるようで、目を輝かせている。 そもそも裏の倉庫の片づけを任せた覚えがないので、きっと興味が沸いて中に入ったのだろう。 「あのね、志乃美。 屋敷の中を勝手にウロウロしてはいけないとあれほど言っているでしょう?」 「でも…… ご主人様から許可証を貰ってますし……」 許可証!? そう言えば、志乃美はいつも首から色々なものをぶらさげている。 「許可証って、ちょっと見せなさい」 私は志乃美が首からぶら下げている許可証を取り上げた。 えーっと?屋敷内発掘許可証、彩杜部屋侵入許可証、彩杜専用オールワークス準2級証明書、ライフガード…… 「なにこれ?」 「ご主人様からいただいたものですぅ……」 怒られると思っているのか、志乃美はおどおどとうつむいている。 私も怒りたいのは山々だが、明らかにご主人様の手書きである事は間違いない。 ご丁寧に印鑑まで。 「はぁ。 ご主人様の意向なら構いませんが」 「わぁ」 志乃美の顔がパァッと明るくなるので、 非常にわかりやすい。 その辺をご主人様は気に入っているのだろう。 しかしこの許可証を全て認めるのは少し問題がある。 「屋敷内発掘許可証は没収します」 「えーっ!」 当然。 私達も知らないような所に勝手に入って、怪我でもされたら困る。 志乃美ならなおさら。 ちなみに彩杜部屋侵入許可証も没収したいくらいだ。 「倉庫には鍵穴らしきものはあった?」 「いいえ、金庫の一つもありませんでした」 金庫。 しかしこれだけ古びたデザインの鍵が、屋敷内の金庫に対応しているはずがない。 明らかに何かの扉か、南京錠型の鍵と見るのが普通だろう。 「そう言えば、屋敷の地下に大きな鉄製の扉がありましたよね?」 そうだ、ワインセラーの隣に金属製の扉があった。 あの扉は私が大旦那様から預かっている、どの鍵でも開く事ができなかったのだ。 「ねぇねぇ、芹菜さん。 開けて見ましょうよぉ」 まったく、メイドが主人の許可もなしに屋敷を漁り回っていいわけがない。 でも…… 「気になるわね。 この紋章」 「きっまりー♪」 私はまだ何も行っていないのだけれども、志乃美は私の腕を引っ張り、地下室へかけていく。 地下室 「同じ紋章の扉ね」 「この紋章、どこかで……」 隣で志乃美が唸っている。 この紋章に覚えがあるのだろうか? 志乃美に限ってと思ったが、彼女は獅子神の人間だ、意外な知識があったりする。 「あー! 確か小説の“クロスハートは永遠に”に出ていたような」 意外な知識もこんなものよね。 「……やっぱり主人の許可もなく開けるわけには」 「えいっ」 私が躊躇していると、横から志乃美が鍵を開けてしまった。 まるで大きな石像を動かすような音が、屋敷の地下室を多い尽くす。 扉の向こうは眩い光。 近未来的なタイルが、かなり強い光源になっている。 「おおっ〜 扉からは想像も出来ない空間ですよ!」 そう、明らかにこれは蛍光灯等の、一般的な光を凌駕している。 言うならば壁自体が光り輝いていると言うべきか……とにかく普通ではない。 「芹菜さん、奥に行ってみましょうよ!」 かなり長い通路。 向こうの端が霞んでいるが、どうやら何か台座があるようだ。 特に侵入者用の警戒もないようだけど……何か気に入らない。 「志乃美、私から離れないようにしなさい」 「は、 はいッ!」 何故だろう、 本来ならこんな事は考えもつかないのに。 この奥に行ってみたい。 光こそ眩しいくらい放たれているものの、全くの無音。 二人の歩く音と呼吸の音しか聞こえない…… 本当なら志乃美は外で待たせるべきだったのに、きっと私は怖かったのだろうか。 何か仕掛けがあるとか、突然何かに襲われるとか、そういった物理的な恐怖じゃない。 一人では耐えられない。 得体のしれない恐怖がある。 「うはぁ〜 床もギュンギュンに輝いてますねー。 床の向こう側じゃなくて、床自体が光ってますよー」 こんな時、彼女は凄いと思う。 いや私が恐怖しすぎているのかもしれない。 そうこうしているうちに、私達は部屋の中心部に辿り着いた。 中央にはまるで美術館のような、煌びやかな装飾の施された台座。 その上には透き通るような銀色の……槍。 「わぁ。 グングニールですよー」 「ぐんぐにーる?」 「はい、日本ではグングニルが一般的ですね」 知っている。 一般的には召喚獣オーディーンが持つ聖槍。 伊達に暇さえあればゲームはやってない。 この銀の槍はガラスのような透明なケースに覆われているが、このケースを開ける方法が見当らない。 正確には、台座にカードを差し込むような口があるが、それしかない。 「北欧神話の伝説の槍を持ってるなんて、やっぱり上流階級は違うわねぇ。 ケースも開きそうにないし、取り合えず帰りましょうか」 「はーい」 随分あっさり引き返す。 志乃美の探究心が時々わからない。 自分の知識の中にある宝物だったので、興味が薄れたのだろうか? でも志乃美が色々と知っていたおかげで、何故か少し安心した。 一人であの槍を見ていたら、凄く怖くなっていたかもしれない。 この事は彩杜様に報告するとして、洗濯物干しの続きをしなきゃ。 そうして私達は地下室を出た。 外がとてつもない事態になっている事にも気づかずに。 「すっごい状況ですねぇ」 「ええ、酷い有様ね」 私も目の前に降り注ぐ大雨のように泣き崩れたい。 まぁ洗濯からやり直しか……(つД`) 〜夜〜 「ただうまー」 「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」 そろそろこのお迎えにも慣れてきた。 しかし流石と言うか何と言うか、なのははもうメイド服に着替えている。 嫌いな仕事の割にはプライドを持ってるんだな。 「ご主人様、少しよろしいでしょうか」 「うん?」 俺が芹菜から聞いた事は、とにかく凄い内容だった。 「この屋敷の地下に、純銀のグングニールねぇ」 俺は志乃美が淹れたコーヒーを飲み干す。 ミルクと砂糖が適量。 やるな(・∀・) 「別に勝手に入った事は何とも思ってない、屋敷は広いから俺一人で回れないしな」 芹菜が安堵の表情になる。 その隣のダメイドは余裕だ。 まぁ許可証を与えたから当然だろう。 「志乃美の許可証は失敗だったな。 普通の屋敷だから危険性はないと思ったが、そんな地下室があるとはな」 「ええっー 探究心は常に危険と隣り合わせですよぉー」 お前は危険じゃなくて、死と隣り合わせになる可能性がある。 「で、そのグングニールだが、北欧の聖槍だっけ?何でそんなものが……」 当然だ。 うちは武闘派の家系ではないし、槍術なんてサッパリだ。 親父の部屋に日本刀が飾ってあるのも知っているが、美術品なだけで帯刀が趣味ではない。 俺も武器は剣と斧、それに銃に限る。 槍は場所を取るから飾れない。 「オーディンが使ったグングニールじゃないと思いますよ」 「え?」 皆が驚く、そりゃそうだ。 ここまでぐんぐにるぐんぐにると引っ張っておいて、嫌がらせか? 「現場で見た限り、グングニールっぽかったですが、明らかに純銀ではなくメタルでした」 「メタル?鉄製って事か?」 そうです、と言わんばかりに志乃美はうなずく。 芹菜の話では地下室は、異常な光を放っていた。 そこによく研磨されたメタルがあれば、純銀と思うのも無理はないかもしれない。 ちなみになのはは全く興味がないようで、漫画を読んでる。 「小説です」 すまん。 「あれはグングニールを摸して作られたものですね。 古代聖典史に掲載されているデザインとまるっきり一緒でしたし」 志乃美は一呼吸をおいて、さらに話を続ける。 隣ではなのはが泣いている。 何を読んでるんだΣ(´Д`;) 「まずグングニールは存在しません。 北欧神話自体に信憑性がありませんから」 「は?」 「志乃美、貴女が今さっき古代聖典史に載っているって言ったじゃない」 さっきから俺達は志乃美の話に驚かされっぱなしだ。 話の内容もそうだが、志乃美がここまで的確に喋る事自体に驚いているのかもしれない。 「ええ、古代聖典史。 過去の文献を基に作成された歴史書物ですが……神話って、神なんていませんよ?」 「なるほど。 北欧神話は実在するが、神話の内容は実在しない。 あくまで後世の者が作成したおとぎ話ってわけか」 その通りです。そう言って志乃美は一冊の書類を見せてくれた。 「神具と近代武器について」 そしてなのはの読破スピードがおかしい。さっき未読の山は10冊以上あったはずだ。もう残り6冊。 「確かに神具は実在します。 古来より代々伝わる物や、秘宝として崇められるものなど。 でも火乃守はまだ歴史の浅い財閥です。 代々伝わるような歴史がありませんし、彩杜様のご先祖様に武器収集の趣味があったとはお聞きしていません」 良く調べてらっしゃる。 「美術収集品でしたら、あのような地下室に“封印”する必要がありませんから」 「封印…」 俺はその言葉を聞いて、初めて事の重大性に気づいた。 地下室は渡されていない鍵で閉じられ、槍自体は取り出す方法がない。 これは保管ではなく封印。 「板状の鍵穴か……聞く限りでは、かなり近代的な作りのようだから、カードキーか何かの類だろうな」 「ご主人様、どうされますか?」 芹菜が心配そうに聞いてくる。 ほっといても爆発したりする事はなさそうだが、何かの事件に巻き込まれないとも限らない。 「明日、母に聞いて見るわ」 そう言ってから、最近は母と連絡が取れない事に気づく。 まぁ親父でもいいか。 「今日は解散。 各自明日の仕事の準備をするように」 俺は悩みを吹き飛ばすように掛け声を飛ばした。 芹菜が感じた胸騒ぎも、こんな感じだったのだろうか? 「ううううっ、西園寺がぁ〜」 「あー!それ“クロスハートは永遠に”じゃない!? 私も読みたいから貸してよー」 このダメイドどもがッ!(`・ω・´*) 僕とメイド 第七話 芹菜の不思議なシルバーランス |
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