まぁ、緊急事態だ。
今俺は噂の地下室に監禁されている。
手元には銀色に光るランスが一本。

「どうしたものか……」




僕とメイド 第八話 うんちく




あまり気乗りしないが、自宅へ電話をかける事になった。
理由は二つ。
1つは屋敷についての詳しい説明。
1つは地下の存在。
繋がるかどうかは微妙だが、このまま屋敷をうろついた結果、変な仕掛けでBAT ENDは避けたい。
俺は受話器を取ると、うろ覚えの番号を押した。

「はい、火乃守です」

ヤヴァイ、嫌な奴が出た。

「……もしもし、彩杜だけど」

「彩杜様ですか!?お元気ですか?お身体は大丈夫ですか?何かお困りごとはございますか?」

彼女はエシャル、火乃守家のメイド長兼俺の育ての親だ。年齢的には姉みたいなものだが。
そして母と同じスキルを持っているのか、ガトリングトークが得意だったりする。

「そうだな、お前の会話が切れないのが困りごとだ。 親はいるか?」

「ああん、彩杜様たら。 大旦那様でしたらお見えですので、しばらくお待ちくださいね」

保留音が聞こえる。
うちの保留音は、かの有名な真祖の姫君が出てくるあの作品だ。
ちなみに親父は多少のオタクでもある。 そして俺はその影響を受けている。

「彩杜か、久しぶりだな」

懐かしい声が聞こえる。
優しくて、母によく殴られてて、適当で、やる気がなくて、テンションのみを追求する、実はあまりよくない親父の声だ。

「何か全否定されているような気がするが……」

「気のせいだろ、もしくはボケたか?」

恥ずかしいからこんな事を言っているわけではない。 本心だ。

「屋敷について2、3聞きたい事があるのだが」

「ああ、やっとその質問が来たか。 えらく時間がかかったな」

予想されていたのか。
確かにそれほど見つけるのに苦労するような部屋でもないしな。

「まずは何から教えて欲しい?」

「グングニールだ」

一番のメインはこれだ。
屋敷の構造や理由は、後で良い。
最も重要なのは目の前の危険物だ。

「ああ、あれの説明をするには電話ではなんだな。 今からそちらへ行く」

「はぁ?時間あるのか?」

親父の話では今日は休業日らしい。
いつから火乃守信用金庫は週末休業になったのか。




そして夜




「「「いらっしゃいませ」」」

我が家の精鋭メイドが親父を出迎える。

芹菜を筆頭に対1級来客用のパーフェクトフォーメーションだ。
整列する位置、荷物の持ち方、声の大きさ、お辞儀の角度。完璧だ、親父も文句を言えまい。

「貴女達!それが大旦那様に対する出迎えですか!!」

「ひゃあっ!」

……なんてこった、うるせぇのも来てたのか。
エシャルの怒号でメイドに緊張が走る。
志乃美に至ってはガタガタ震えて、まるで朱雀に睨まれたウサギだ。

「……エシャル、うちのメイドに文句があるのか?」

「さ、彩杜様!?」

何故コイツはイチイチ驚くのか、俺の家に来てるのだから俺がいるのは当然だろうが。
ぶっちゃけ高校を出た辺りから、苦手て意識を持ち出した。

「彩杜様ー お元気でしたか!?」

「抱きつくな」

「もうエシャルは彩杜様が屋敷を出られてから、心配で夜も眠れなかったのですよー」

「酒飲んで熟睡しているだろ」

「彩杜様がどうしてもとおっしゃるなら、私もこちらへ参りますよ!」

「どうしても早く離れて下さい」

「彩杜様ったら〜こんなにお慕いしておりますのに〜」

「協会からクビにされるぞ」

「あら、私は個人で雇われてますから、手を出されても問題ありませんよ?」

「はいはい……はぁ?マジですか?」

あーウザイ。
激しくウザイ。
これが俺の初恋相手だから、さらにヘコむ。

「彩杜さまぁ〜」

何て気づかれたら、もう俺の人生終わりだろうな。

「エシャル、彩杜と大事な話があるから、少し下がっていなさい」

「……承知しました。 旦那様」

彼女は優秀なメイドだ。
メイドとしての線引きは出来ている。
だからこそ、俺にはあんな接し方だが、親父の命令には絶対的に従う。

「では彩杜、まずは何から聞きたい?」

「地下の槍は何だ」

こんな話は単刀直入だ。
それでなくてもあの親父がわざわざ出向いてくるほどだ、ただ事ではあるまい。

「コードネーム:メタルイーター。 火乃守が総力を上げて開発した、新型格闘武器だ」

……笑いを堪えるのがこれほど難しいものだとは知らなかった。

「あ、あのなあ。 このご時勢に何を開発してるんだよ」

「だから、コードネーム……」

「いや、コードネームはいいから! 何故この平和な時代に! あんな素敵な武器が必要なんだよッ!」

時は2006年、比較的平穏な日本だ。
仮に戦争が起これば必要になるのは槍ではなく、銃!
中距離格闘武器なんてコアなものを使うのは最後のファンタジーだけで充分だ!!

「彩杜、確かに世間は平和だ。 争いと言えば画面の中の中東やもっと遠い国の出来事だ。 だがな」

見た事がないほど真剣な親父の顔。
いつも温暖な性格の彼からは想像もできない表情だ。

「上流階級はそうもいかない」

「…… 確かに俺たち財閥や貴族の中では抗争なんて珍しいものじゃない。 だが暴力は最後の手段。 しかも大抵銃火器だ」

銃は犯罪や俗に言う暴力団、 銃火器マニアや外国限定の話だと思っている方も多いだろうが、実はそうでもない。
特に貴族様と呼ばれる方々は総じて銃を持っている。
鑑賞、護衛、攻撃など、理由は様々だが、少なくとも一般人よりは入手も容易だ。
中には自前で生産している銃成金なんて物騒なのもいる。 これは外国で作っていたり、もちろん日本国内だったり。
専用船でまとめて“輸入”するためハンドガンなんてちょぼいものじゃなく、重火器や酷い時には戦車なんて話も聞く。

そんな大戦争もできそうな中、槍て! ランスて!

「確かに我々貴族同士の戦争や抗争は、圧力や抑制がメインだ。 暴力沙汰なんてのは解決しても後々のスキャンダルになるからな」

そうだ。 貴族は何より勝敗よりも最後の最後、抗争後の結果の方が大事と言っても過言ではない。
多大な火力で勝ったとしても、その後の世間体で圧殺されては意味がないのだ。

「だがな、抗争が親睦となれば話は別だ」

「親睦? それは抗争とは果てしなく離れてるじゃないか」

「格闘議会、ですね」

突如志乃美が喋りだした。
時々忘れるが志乃美は有名な獅子神のメイドだ。 こう言った話は疎い俺より詳しい。

「貴女ッ! 旦那様が喋っている間に話かけるなんて! 何のつもりですかッ!!」

「きゃあッ!」

ちょ、物凄い重要な所だって!

「エシャル、ちょっと志乃美の話を聞こうな、な?」

「しかし、メイド風情が主の間に入って話をするなど言語道断で……」

「ほら、隣に座っていいから、な?」

「……はい♪」

主の前でソファに座るのはありかよ。
しかも腕組かよ。

「「「じぃー………」」」

何だか3つの視線を感じますが、気のせいですよね。

「で、志乃美。 話を続けてくれるか?」

「はい。 貴族の間では今、穏便に争いを済ますためや、家名の名をあげるために格闘議会が開かれています」

なるほど。
確かにこれなら優劣を決めながら、無駄な争いを避ける事ができる。
また何かしら問題になる事も少ないからな。

「この格闘議会はその名の通り、格闘がメインになります。 剣術・槍術・武術・直接打撃ならばりーとぅーどぅーです」

慣れない横文字を使うなよ。
あと制限かけたらバリトゥードゥ言わない。

「志乃美ちゃんは物知りだな。 だが今回メタルイーターを開発したのは格闘議会が目的ではない」

「それ以外に何か目的があるのか?」

「……メタルナイトだ」

突如、エシャルが反応する。
それは隣接していないとわからないくらい、微妙なものだった。
いや、芹菜もか?

「なんじゃい、そのメタルナイトって。 鉄騎士か?かっこいいな」

俺は可能な限りの皮肉を言ってやった。
少しばかりカッコ良いと実際に思っているがな!

「……擬人化計画に基づく、戦略武装集団だ」

「ぎじぃんかぁー? そりゃ萌え萌えなこって。 テレビでも電子レンジでも擬人化して〜たんとか呼んでくれ。 もう寝る」

そう言って席を立とうとする俺を、エシャルが引き止める。

「彩杜様、もう少しだけお付き合い願えませんか? 終わったら添い寝してさしあげますから」

さりげない末尾の台詞に恐怖感を覚えた。
さよなら、今日の俺。

「で、何だよ、その擬人化計画って」

俺がエシャルの説得を受けている間に、父はコーヒーを飲みながら、短刀を机の上に置いていた。

「お前の思っている擬人化は、良く言う萌え萌えなものかもしれんが、ここで言う擬人とはその名の通り、人と疑われる者」

父は、手に持った短刀を鞘から抜き取る。
その短刀は鮮やかで美しく、それでいて“生命を感じさせない”光を放っていた。
これは物質だ。 もともと生命は感じさせないが、それ以上に作り手の生命すら感じる事が出来ない。

「つまり、ロボットだ」

……はぁ?(゚д゚)

「ご主人様、正確にはロボットではなく、メタルニクスヒューマノイドも含まれます」

……へぁ?(゚д゚)

「彩杜、要するについにアニメやSFの世界に現実に追いついたと言う事だ」

何事もなかったように平静な父。
その説明文に疑問も持たずに指摘をするメイド。

「そうか、偉大なる父はもういないのか……」

俺は遠い目をしながら、窓の外を見つめる。
秋が近いな。

「現実を見るんだ、彩杜」

「お前がな」

静寂……
その沈黙を遮ったのは、一番会話に参加していなかったであろう人物だった。

「でー? そのロボットを倒すための槍なんですかぁ?」